11-3
もう夜が近い時間帯。
わたしが抱きかかえて布団の上に寝かせてやると、泣き疲れたのか、イタンはすぐに眠りについた。そんな彼を見届けてから、茶の間のちゃぶだいを前にして、父親と向かい合った。
父親が、「つらいですよ、本当に。息子は障害に見舞われ、女房にも先立たれてしまうなんて……」と言ったのを受けて、わたしは「心中、お察しします」と答えた。もっと気のきいたことが言えればなあと思ったのだけれど、他に言葉が見当たらなかった
「だけど、奥様のことは仕方がなかったと思います。イタン君のこともです。誰にもどうにもできなかった」
「ええ。それはわかっているんですが……」
「今はイタン君のことを第一に考えてあげませんか? 彼は毎日を楽しく生きようとしています。頑張って、そうあろうとしているんです」
「それもこれも貴女のおかげです。メイヤさんの話をする時の息子の顔は、とても晴れやかなものなんですよ。感謝しています」
「イタン君のこと、これからどうするおつもりなんですか?」
「前々から妻と話していたんですけれど、入院させて、リハビリをさせたてやりたいと考えています。でも、そうするにあたっても、先立つものが必要であるわけでして……」
「お金の心配はなさらないでください。援助しますから」
「よ、よろしいんですか?」
「はい。幸い、わたしには資産がありますし、そしてお金というものは、こういう時にこそ使うべきものだと思いますので」
「しかし、ただでお金をいただくわけには……」
「そう思われるなら、イタン君の前では常に笑顔であってください。お願いします」
「努力はしますけれど……」
「努力で乗り越えることではありません。やらなければならないことです。イタン君は子供なんです。だからまだまだ、大人が面倒を見てあげないといけないんです」
「メイヤさんはどうしてそこまで、お優しいんですか?」
「わたしに優しくしてくれたヒトがいたから、多分、わたしも他者に対して優しくあれるんだと思います」
翌月の最初の週の土曜日。
イタンがバスケットコートを訪れた。練習の成果を試すチャレンジの日である。相手をしてくれる玄人チームにあらかじめ説明した。「止むを得ない場合は接触プレーもアリ。彼はケガを覚悟しているから、貴方達もケガを恐れないでね」と釘も刺した。
わたしともう一人の女性プレーヤーは、イタンにパスを集めた。なんとかして早いところ、一本、決めて欲しい。そうすれば、肩の力も抜けるだろうから。
両膝の上にボールをのせて、イタンがゴール下までボールを運ぶ。シュートしたところ、ブロックに遭い、顔にまともにボールを受けて鼻から出血した。
「イタン!」
「大丈夫。平気だよ、平気。またパスくれよ。次は決めてやるから」
なんとも頼もしい。男という生き物は、何かの拍子に、いきなり逞しくなったりする。そんな様子を目にすると、女性としては、胸にキュンとしたものを感じざるを得ない。
次のオフェンス、ゴール下にカットインしたイタンに向け、期待を込めてバウンドパス。すると、流れるような動きで、彼は両手でシュートを決めた。
わたしが「やったーっ!」と声を上げると、チームメイトの女性も万歳をした。わたし達はぴょんぴょん飛び跳ねながら、手を叩き合った。
イタンは「なんだよ、一本決めたくらいでよ」と生意気なことを言った。
それでもわたしがサムズアップをして見せると、彼はそれに応じるとともに、満面の笑みを浮かべたのだった。




