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暗い港。潮の香りは嫌いじゃない。
係留用のボラードの付近に腕組みをした人物が立っていた。シルエットから、ボーイッシュなヘアスタイルの女性だとわかった。すらりと背が高い。黒いパンツスーツ姿である。
ただ者ではないなと思っていると、ユアンが「彼女はヤヨイっていう。組織お抱えの殺し屋だよ」と説明してくれた。
「隣の女は誰だ?」
ヤヨイに近付くと、彼女はそう言った。声は低く、凄みがある。だけど、今のわたしにはちょっとやそっとのことでは動じないだけの胆力がある。
「こちらは探偵さんだよ」
「探偵?」
「おっと、妙な誤解はよしてくれよな。俺の相棒みたいなもんなんだからよ」
いつわたしがアンタの相棒になったのとツッコミたくなったけれど、この場はそういう設定で切り抜けたほうが無難そうだと判断した。握手は求めなかった。見た感じからして、慣れ合いは好まないような女性に見えたから。
ユアンが数百メートル先の海上を指差した。
「ほら、あそこで赤色灯光らせてんのが巡視艇だよ。横付けにされてるのがウチの船だ」
「そんなの見ればわかるわよ」
「パトランプを見ると、いつもドキドキしちまうよ。ヤクザもんの宿命だな」
「知らないわよ、そんなこと」
船内の検閲が終わったらしい。巡視艇が場を離れた。引き揚げることはせずに、まだ警戒を続けるようだ。いっぽうで、ユアンの組織のものであるらしいブルーの安っぽい船が、闇の中から迫ってくる。
「海上警察にはいくらくらい包んでいるの?」
「それなりの額だよ。こっちのはあくまでも不審船だからな。通行料くらいは言い値を払ってやるさ」
「言い方を変えると、通行料しか払う必要がないってことね?」
「そういうことになる」
「船の乗客は?」
「毎回、ブローカーを間に立たせて、二十人くらい密入国者を乗せる」
「だけど、その大半はカモフラージュ」
「そう。隠れ蓑だ」
「目的は夫婦を入国させることなんでしょう?」
「夫婦じゃないのもいるな。報酬目当てにタッグを組むんだよ」
「船をつけるのは?」
「二月に一度のペースだ。出発先は遠方だったり近場だったり、色々だな」
「もういいわ。理解したから」
「そう言わずに、推理とやらを聞かせてくれよ、探偵さん」
「しょうがないわね。結論だけ言うわ。マタニティウェアの下には赤ん坊ではなく、クスリの袋が詰まっている」
「ご名答。いつまで経ってもそれに気づかないってんだから、海上警察の連中も間抜けだよな」
「一度に何組くらい上陸させるの?」
「五組だ。一人あたま五キロ程度として、計二十五キロ。どうだ? 結構、ボロいルートだろ?」
「扱っているのは?」
「コカインだ。この界隈ではアッパー系のほうが需要がある」
「『運び屋』の役割を果たしたカップルのその後は?」
「さあな。報酬を持って、どっかで楽しく暮らしてんじゃねーか。国に帰るニンゲンもいるだろうし」
「ちなみになんだけど、アンタ自身は子供にもクスリを売ったりするの?」
「金さえこさえてくれば誰にだってくれてやるさ」
「そう……」
「なんだよ、暗い声出して」
「なんでもないわよ」
わたしは身を翻して、帰路に着いたのだった。