3-4
ミン刑事に言って、取調室に入れてもらった。
背もたれ付きの木製の椅子に座っていると、やがて二人の制服警官に伴われたカク氏が姿を現した。中肉中背の体付き。俯いている。椅子についても目線は下げたまま。とても殺人を犯すような人物には見えない。ヒトが良さそうだ。
ミン刑事は後ろの壁に背を預けている。わたしが何を話すのか、興味深く見守るつもりなのだろう。
「カクさん、最初に身分を申し上げておきます。わたしは探偵です」
「探偵さん、ですか」
「はい。今回の一件について、少々、調査させていただきました」
「何故、そんな真似を?」
「事情がありまして」
「わたしが起こした事件について聴取したいとおっしゃるのであれば、すべて包み隠さずお話しします」
「黙秘するつもりはないと?」
「そんなことをする理由がありませんから」
「では、早速、お話を伺うことにします。貴方は二年前、お子さんを亡くされたそうですね」
「はい」
「おつらかったでしょう。心中、お察しします」
「いえ……」
「貴方と奥様の間にあった男の子はハオユウ君という。その事実をもとにして思考した結果、自分でも納得のいく仮説を立てることができました」
「お聞かせください」
「貴方の息子さんであるハオユウ君が死んでしまったいっぽうで、ジョさんの家のハオユウ君はすくすく育っている。そのことが我慢ならなかったんですね? だから、憎らしくて殺した。加えて、ジョさん夫婦にも子を亡くした苦しみを味わわせてやりたかった。違いますか?」
「正解です。私達のハオユウは死んでしまったのに、どうしてお隣のハオユウ君は元気でいるのか。それが、ゆるせなかったんです」
「本当にゆるせなかったんですか?」
「えっ」
「だって、おかじゃありませんか。貴方はたびたびハオユウ君と遊んであげていたんでしょう? 可愛いからこそ、相手になってあげていたんでしょう?」
「ええ。まあ……」
「すべてを話すとおっしゃったのに、貴方は何か隠していらっしゃる。私見を申し上げます。お隣のハオユウ君、それにご夫婦を憎らしいと思っていたのは、実は奥様なのではありませんか? そういうことであれば、筋が通ります」
「そ、それは……」
「事実を話してください。でなければ、わたしはここを動きません」
「……わかりました。正直にお話しします」
「お願いします」
「探偵さんがおっしゃった通りです。ハオユウ君を殺し、彼のご両親を奈落の底に突き落としてやりたいと考えていたのは妻なんです」
「察するに、手を下したのは貴方ですね?」
「はい。妻を殺人犯にするわけにはいきませんから」
「奥様の思いを止めることはできなかったんですか?」
「妻は狂気にとらわれていました。どんな手段を用いてでも殺めるつもりでいたんです」
「後悔は? していますか?」
「後悔というより、申し訳なく思っています」
「法を犯した以上、罰は免れません」
「私には死刑がふさわしいですね……」
ミン刑事から、「メイヤ、もういいぜ」と声をかけられた。「大したもんだ。よく真実に辿り着いたな」と彼は続けた。
「ただ推理を述べただけなんですけれどね」
「俺なら多分、そこまでは突っ込めなかった」
「そんなことありませんよ。ミン刑事なら必ず真犯人を突き止めたはずです」
「あまり褒めるな。おまえに言われると照れ臭くなっちまう」
「そうなんですか?」
「ああ。そうなんだよ」
署の一階。
窃盗や喧嘩等のちんけな事件だろう。その受け付けでごったがえしになっている。木製の床が抜けんばかりの人だかりだ。
そんな中にあって、ミン刑事は、お札を五枚、すなわち五万ウーロン寄越してきた。「ちょっと多くないですか?」と問い掛けると、「上司に掛け合ってな。おまえへの報酬は経費で落とせるようにしてもらったんだ」という答えが返ってきた。「それもこれも、おまえがことごとく事件を解決しているからだ。警察からしたら、ありがたい存在なんだよ」とのことだった。
「わたし、そんなに多くの事件に関わっていませんし、特に今回の一件についても報酬をいただくようなことではなかったように思うのですけれど」
「働いてもらったことは事実だ。気にせず受け取ってくれ」
「ということなら、お言葉に甘えて」
わたしはジャケットの内ポケットから取り出した長財布に、お札をしまった。
「で、最近、羽振りはどうなんだ?」
「それが、取っ払いで七百万ほど手に入れまして」
「七百万だと?」
「その分、危険な仕事でしたけれど」
「ヤクザ絡みか?」
「さすが。勘がいいですね」
「どういう案件だったんだ?」
「某組織の若頭のボディガードをしました」
「あまり危なっかしい真似はするなよ」
「心配ですか?」
「そりゃあな」
「ところで」
「あん?」
「マオさんのことです。何か情報は得られましたか?」
「まるでないな。マオは”ヤツ”のあとを追って、国を出たのかもしれん。いくらなんでも高飛びされちまったら、やっこさんもお手上げだろう」
「そんな事態にはなっていないと思います」
「どうしてだ?」
「”ヤツ”はマオさんと鬼ごっこを面白がっている最中なんです」
「鬼ごっこ? そいつは初めて聞いた」
「誰にも話すつもりはなかったんです。話したところで仕方ありませんから」
「俺には話してほしかったな」
「すみません。とにかく、鬼ごっこなんです。”ヤツ”はマオさんが追い掛けてくることを楽しんでいるんです。そうである以上、まるっきり行方をくらますなんてことなんてあり得ません。高飛びするにしたって、なんらかのかたちで彼に行き先を告げるはずです。どの街に向かうかも知らせると思います。付かず離れずの距離を保たないと、ゲームになりませんから」
”ヤツ”とは、”狼”、あるいは”白い狼”とあだ名される男だ。
本当の名はシノミヤ・アキラ。
マオさんは彼の後を追って街を出た。
わたしに傷を負わせたことがゆるせずに。
「狼さんがこの街に戻ってくるようなら、必ず俺が殺してやるんだがな。おまえが傷付けられたことについて、、俺はとっくにキレてるんだよ」
「嬉しいお言葉ですけれど、わたしだって仕留めるつもりでいます。でも、よっぽどのことがない限り、彼と遭遇することはないと思います」
「何故だ?」
「”狼”はマオさんにしか興味がないようですから」
「鬼ごっこ。そして”狼”はマオ以外に用がない。どこでそんな情報を仕入れたんだ?」
「マオさんが置き手紙を残してくれたんです。それは事実に基づいたものだと確信しています」
「そういうことか……」
「はい」
「いつかマオが帰ってくるといいな」
「今の彼にあるのは鋼の意志だと思います。それでもわたしは帰ってきてくれると信じています」




