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2-7

 午前二時。


 ささやかな酒宴のあと、ソウロンに促され、”リンリン”の裏口から路地に出た。彼は「散歩がしてーんだ」と言い、人払いをした。ボディガード達に付いてくるなと告げたのだ。


 当然、わたしは「いいの?」と尋ねた。命を狙われていることは間違いないのだから。だけど、返ってきたのは「いいんだ」という答えだった。「二人きりがいいんだよ」とのことだった。


 誰もいない路地を行く。五メートルほど前にソウロン、後ろにはわたし。


「たった一週間だったとはいえ、世話になったな」

「ヒトの警護につくっていうのは、案外、大変なものね」

「ストレスだったか?」

「ええ」

「そりゃ、すまなかった」

「貴方、これからどうするつもり?」

「そうだなあ。親父の許可を取って、『フー』を潰してやろうかなあ。そしたら、俺が狙われることもなくなるってもんだろ?」

「言うじゃない。やるつもりなら、正々堂々と先頭に立ったほうがいいわ」

「だよな。俺が男気を見せないことには、部下も信頼してくれないとは思ってるよ」

「応援してるとでも言ってほしい?」

「いいや。それより、耳にしたんだがよ、メイヤさん」

「誰から何を?」

「親父から、アンタが仕事を引き受けてくれたけいってのを、聞かされた。ガキにクスリを売るなっつったんだってな」

「悪い?」

「いや。それがまっとうなニンゲンの考え方なんだろうって思ってな。約束するよ。俺からもお触れを出す。金輪際、ガキ相手にクスリは売らせねー」

「助かるわ」

「メイヤさん、一つ言っとく」

「うん?」

「俺だって、好きでヤクザの息子に生まれたわけじゃねーんだ。気が付けば親父がいて、周りにゃたくさんのボディガードをつけられていた。カタギに生まれてりゃあ、ケーキ屋でも開きたかったな」

「貴方が作るケーキは不味そうね」

「そう言うなよ」


 暗がりの中で角を折れ、二十、三十メートルと進む。


 前を行くソウロンが不意に立ち止まり、わたしも足を止めた。


 彼は前触れなく「ブハハッ!」と天を仰いで笑った。それから勢い良くこちらを振り返り、両腕を横に広げて見せた。


「ああ、マジによ、本当にメッチャクチャ楽しかったぜ。メイヤさんがそばにいてくれるってだけで、楽しかった。持って生まれたもんなんだろうな。アンタにはヒトを愉快な気持ちにさせるっていう才能がある。マオって野郎も、さぞかし幸せを感じていたことだろうさ」


 だったら、どうしてマオさんはわたしのそばにいることを選んでくれなかったのだろうと思う。わたしに傷を負わせた男のことがゆるせなかったのはわかる。痛いほどに。だからこそ、愛されていると実感できるのだけれど、彼がいない生活は、やっぱり寂しい。ことのほか寂しい。だけど、いつか帰ってきてくれると信じるよりないわけで……。


 頭に浮かぶマオさんの顔を、かぶりを振って消し去った。強くあろうと決めたのだ。強く生きようと決めたのだ。


「ソウロン、戻るわよ」

「えー、いいだろ、もうちっとくらい」

「言うことを聞きなさい」

「へいへい」


 ソウロンが、そう返事をした直後のことだった。彼の胸の真ん中から、計三本の太い針が飛び出してきたのが見えた。棒状の手裏剣だ。古くから伝わる暗器の一つ、てつばりだとすぐにわかった。


 がくっと膝から崩れ落ち、ソウロンは地に横たわった。気が付けばわたしは「ソウロン!」と叫んでいた。


 彼の向こう、二十メートルほど先に人影。暗闇に目をこらす。背の低いシルエットに灰色のカンフーローブ、だぼっとした同色のパンツ。エナメル質の黒い手袋。濡れたように長い黒髪。女だ。両手の指の間に鉄針を三本ずつ握り込んでいるのが見て取れた。


 拳銃を構えるいとまはなかった。女が左右の鉄針を投げ付けてきたからだ。咄嗟に屈んだ。シュッという風切り音を残して、計六本の針は頭の上を通過した。


 女は静かに歩を進める。近接戦闘で仕留めてやろうという腹らしい。


 だったら受けて立つ。


 わたしは立ち上がると、両手をすっと顔の前に掲げた。女が間合いに踏み込んできたところで、ぶん回すようにして右のハイキック。しゃがむことでやり過ごされた。右手に持った鉄針を下から喉元に突き付けてくる。スウェーバックでかわす。反撃。左のミドル。身軽にバク転することでよけて見せた。やる。手強い。


「誰、貴女は」


 そう問うたが、答えはない。


 後ろからパァンという乾いた銃声が突如として響き、だからわたしは、反射的に身を屈めた。


 あるじに「付いてくるな」と言われても心配だったのだろう。到着したのはボディガードらだった。女に向けて発砲する。流れ弾に当たったら最悪だと思い、わたしは身を伏せ続ける。


 連続的な射撃。しかし、そんなものどこ吹く風、暗い路地において、女はくるっと身を翻すと、なんと垂直の壁を駆け上がって見せるという離れ業をやってのけた。三階建てのビルの屋上へと消える。見逃す以外の手段なんてなかった。


 ソウロンのそばへ。鉄の針を引き抜いて仰向けにしてやる。

 もう虫の息だった。


「誰だよ、アイツは……」

「『虎』の雇った殺し屋じゃないかしら」

「死ぬのか、俺は、ここで……」

「ええ」

「最後に、いいか……?」

「何?」

「おっぱい、触らせてくれよ……」

「お断り」

「つめてーなあ……」


 ソウロンは静かに絶命した。


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