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2-6

 またたく間に七日目の朝を迎えた。


 現状、『フー』に動きはない。動きようがないのではないか。わたしの言い付けを守る格好でソウロンは部屋に引き篭もりっぱなしだし、事務所の中でも外でも構成員が四六時中、目を光らせている。彼を警護するにあたって、万全の態勢が整っていると言っていい。


 期限の七日を過ぎれば、正直、ソウロンはどうなったっていいのだ。それくらい割り切っている。いっときとはいえ仕えた主人なのだからとか、護衛を担当させてもらった人物なのだからだとか、そういう忠義じみた感情は一切ない。


 ボストンバッグから取り出した黒いブラジャーをつけていると、戸がノックされた。ややあってから、声が聞こえてきた。


「メイヤ様、朝食の準備が整っております。食堂にお越しくださいませ」

「今、出ます」


 ジーンズをはき、ブラウスを着てから表に出た。白髪の老人がこうべを垂れていた。彼は執事だ。この事務所に古くから勤めているらしい。


 事務所は、一見するとヤクザの持ち物には見えない二階建ての屋敷だ。『カイホー』から離れた『郊外の丘』と呼ばれる一角にある。市街から遠い場所に寝床をもうけるあたりに、ソウロンの臆病さが窺える。


 食堂へ。ドアは執事の彼が引き開けてくれた。中に入る。白いクロスで覆われた長いテーブルの向こうにソウロンが座っている。にこやかな笑みだ。晴れやかと言ってもいい。ビビりであることには違いないのだが、初日に”鉄砲玉”に襲われて以来、どこからも差し金は向けられないわけだ。気が大きくもなるだろう。「まあ、座れよ」という言い方にも余裕が感じられた。


 わたしは黙って席につき、いただきますと合掌してから、ベーコンとほうれん草がのったエッグベネディクトをかじった。うん。美味しい。あまり気の進まなかった仕事だけれど、食事だけは気に入っている。


「しょっぱなだけだったな。もう誰も俺を襲ってこねーじゃん?」


 そう言って、ソウロンは「ブハハッ!」と笑った。下品な笑い方だ。いつまで経っても好きになれそうな予感はない。けれど、朝からステーキをむさぼるあたりには、ある程度の逞しさを感じる。


「言い付けを守ってもらえて助かったわ」

「守るも何も、おまえが無理やり部屋に押し込んでくれたんじゃねーか」

「おまえじゃなくて、メイヤさん」

「ああ、わりい。ところでよぉ、聞いたぜ、ユアンのヤツからよ」

「何を?」

「アンタ、主人の帰りを待ってるんだってな。マオっていったか」


 ユアンってば、まったく余計なことを言ってくれたものだと思う。口が軽いことは知っているつもりだけれど。


「忠実な犬でいて悪い?」

「帰ってくるかどうかわかんねーんだろ?」

「だったら?」

「やってくれよ。俺専属のボディーガードをよ。報酬ならいくらでもくれてやるぜ?」

「お金なら必要ないわ。そして、貴方はわたしのご主人様にはなり得ない」

「そのマオさんとやらと比べると、俺が見劣りするってのは、なんとなく、わかってるつもりだ」

「しおらしいのね」

「何をやったら、俺のことを認めてくれるんだ?」

「何があっても認めないわよ。ヤクザなんて大っ嫌い」

「しゃーねーな。アンタのことは諦めるよ」

「そうしなさい」


 トマトとモッツァレラチーズのサラダを口に入れる。オリーブオイルの分量がちょうどいい。本当に、ここの食事だけは気に入っている。


「なあ、メイヤさん」

「うん?」

「今晩、一杯、付き合ってもらえねーか?」

「嫌よ。せっかくもうすぐ仕事が終わるんだから」

「ああ。今夜零時をもって、アンタは仕事から解放される。なら、日が変わってからならいいだろ?」

「わたしはねソウロン、貴方が襲われるのを先延ばしにしただけ。きっと、この先もずっと、命を狙われるわ」

「だからっつって、家に籠りっぱなしじゃあ、体が腐っちまうよ」

「体が腐っても、殺されるよりはマシでしょう?」

「まあ、そうなんだけど。でも、ご一緒してやってくれよ。最後にアンタと飲みてーんだ」

「どこで飲みたいの?」

「”リンリン”でいい」

「しょうがないわね。いいでしょう。付き合ってあげる」

「嬉しいぜ、メイヤさん」


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