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2-5

 裏口から退店し、路地に出た。わたしのあとにソウロンも続く。見るからに屈強なボディガード四人に囲まれているにも関わらず、彼はおどおどしっぱなし。軽蔑したくもなる。度胸がない男は嫌いだ。


 一発の銃声が鳴り響いた。放たれた弾丸はわたしの頭のすぐそばをひゅんと通過し、後方にいる取り巻きの一人の顔面に命中した。途端、ソウロンが「ひぃっ!」と高い悲鳴を上げた。


 ヤバッ!


 そう感じ、わたしは咄嗟に身を屈めた。主人を守るべく横並びになったボディガードらの背後にそそくさと退避する。心の中で彼らに「ごめんなさいね」と詫びておいた


 銃撃戦。


 相手は二丁、持っている。存分に撃ち込んでくる。チョッキを着込んでいるからだろう。残った三人のボディガードは弾を食らいながらも応戦する。


 まもなく撃ち合いがんだ。ボディガードの脇からひょいと顔を覗かせると、敵さんは仰向けになっていた。沈んだようだ。危ない危ないと、ほっと一息。


 だけど、すぐにのっぴきならない状況に。


 二人目の刺客が現れたのだ。路地から飛び出してくるなり、マシンガンをぶっぱなしてきた。小型の物とは言え、鉄砲とはわけが違う。逡巡している暇はない。さっと決断。さっと行動。


 わたしは「走って!」と叫んだ。「ひぃぃぃっ!」と尚もみっともない声を出すソウロンが、這いつくばるようにしてついてくる。すぐそこに黒塗りのセダンがある。彼の車に違いない。


 銃弾が飛び交う中、後部座席にソウロンを押し込んだ。それから改めて屈み、今度はドアを盾にする。思った通り防弾だ。そう簡単には破られないだろう。


「は、早く車を出せよ、出してくれよぉっ!」

「ダメ。もう少し付き合って」

「なんでだよぉっ!」

「出来れば敵が何者か確認したいの」

「ほっとけよ、んなもんよぉっ!」

「黙ってて。気が散るから」


 腰を上げて、ドアの上から二発、撃った。すぐさま反撃に遭う。だからまた身を隠す。生け捕りにするのは難しいかなあと思う。車が無事な内に逃げちゃうべきかなあと考える。


 そんな矢先、不意に連射音が止んだ。すかさず立ち上がってドアの向こうを確認。自前の装備であるサブマシンガン相手に手こずっている男の姿があった。どうやら弾詰まりを起こしたらしい。


 僥倖っ!


 とはいえ、油断禁物。ラッキーだからこそ慎重に。右のすねに狙いを定めてトリガーを引いた。見事、命中。男は、がくっと片膝をついた。


 銃を手にしたまま、駆けた。接近する。懐から新たな得物を抜き出そうとしている男を見下ろし、額に銃口を突き付けた。「貴方はどこの誰かしら?」と問い詰めた。


 男は両手を上げることもなく、「俺は何も吐かない」と、まっすぐな瞳を向けてきた。追い詰められておきながら黙秘するあたりは敵ながらあっぱれ。だけど、わたしも仕事でやっている。この状況で口を割らせないという手はない。


 銃を懐に収めてから、男の顔を両手でもって左右から掴む。スマートじゃないやり方は嫌いなんだけどと思いながら、顔面に右の膝をくれてやった。


 派手に鼻から出血した男は両手両膝をついた。息苦しそうに、「がはっ、がはっ」とあえぐ。そんな彼の耳元で、わたしは優しくささやいた。「質問に答えてくれたら、命までは取らないわよ」と。


 男がまた見つめてくる。わたしは微笑んでいる。


「……俺は『フー』のニンゲンだ」

「やっぱりそうなのね」


 『虎』というのが、その昔、ソウロンが襲った組織だと聞いている。男はやはり彼に対する復讐を仰せつかっているようだ。


「他のお仲間は?」

「いない。二人だけだ」

「武器は? まだ持っているなら出して」

「俺はまだ戦える」

「根性論はいいから」

「うるさいっ」

「貴方、家族はいるの?」

「……は?」

「いるの? いないの?」

「女房が、いる……」

「だったら、とっとと出す物は出しなさい」


 男は懐から抜いた九ミリを地面に置いた。


「さあ、もう行っていいわよ」

「……恩に着る」


 そう言って立ち上がった男は、足を引きずりながら路地へと消えようとする。


 後ろから発砲音。背中を撃ち抜かれた男は、前にどっと倒れた。振り返ると、一人のボディガードが肩で息をしながら立っていた。手にはしっかりと拳銃が握られている。あれほどの銃撃を浴びせられながら、生き残ったらしい。


 ボディガードはわたしの隣を通り過ぎ、うつ伏せになっている男の後頭部に何発も弾丸を見舞った。ヤクザの世界の話だ。そうでなくたって味方をられている。見逃すわけにはいかないのだろう。


 セダンの後部座席を覗き込む。ソウロンはまだ身を低くし、奥の座席についたまま、頭を抱えてぶるぶると震えていた。びくびくしながらこちらを向き、ゆっくりと視線を寄越してきた。「や、ったのか?」と訊かれたので、わたしは彼の隣に座りつつ、「ええ。終わったわ」と答えた。


「何人いたんだ?」

「二人だけよ」

「だとすると、”鉄砲玉”か?」

「でしょうね」

「おっかねぇよぉ」

「同感。それにしても、散らかっちゃったわね。死体が五つ。怪我人が一人。どうすればいい?」

「そ、そのうち、ウチの連中が、まるっと片付けに来るって」

「じゃあ、もう行っていいってこと?」

「ああ、そうだよ。い、いいから早く事務所に戻ろうぜ」

「どっちの事務所?」

「とりあえず、俺の事務所でいいよ」

「すでに包囲されてたりして」

「そんなの考えたくもねぇよぉ。ところでよぉ、メイヤさん」

「何?」

「今日は添い寝してくれよぉ。怖くて眠れねーよぉ」

「だったら、ずっと起きてなさい」

「そんなあ……」

「事務所にシャワーとトイレが付いてる部屋はある?」

「あるけど……」

「じゃあ、今日から七日間、そこに住まわせてもらうことにするわ。運転手さん。案内するから、わたしの事務所に寄ってもらえる? 着替えを取りに戻りたいの」


 運転手はこちらに横顔だけ向けて、小さくうなずいたのだった。


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