ときめきの二人乗り
前回のあらすじ
坂下と一樹は友達になり、互いに学校生活を満喫していた。
そんなある日の事で坂下が密かに絵をネットで掲載していることを知る。一樹は是非見たいと言うことでネットの掲載先を教えらる。
一樹に一つの楽しみを胸に心が踊る。
こうして彼女といる時間も終わりを告げるように、時は必然的に過ぎ去っていく。
坂下さんと別れた時、少し寂しい感じがして、彼女が自転車で去る後ろ姿を視界から消えるまで見つめていた。
また明日会えるかどうか確かめるために。
「さて」
僕は重度の認知症を患う母親の病院を見つめた。
いつも渋々な気持ちで通っていたが、今日は何か違っていた。
院内に入り、母親の病室へと向かう。
そこには母親の担当看護師の北山さんが、すりつぶしたリンゴをスプーンですくって母親に食べさせていた。
「あら一樹君」
「こんにちは」
「ほら百合子さん。一樹君が見えましたよ」
にっこりと笑って母親の百合子に伝える。
「あーあーあー」
母親はそんなうめき声をあげながら僕を見て息子の一樹だと認識はしていないだろう。
何か分からないけれども、僕は母親に対して優しくしてあげたいと思ってしまう。
「北山さん。それ僕が変わりますよ」
「そう、お願いできる」
北山さんの所に行って、すりつぶしたリンゴが入った器とスプーンを受け取って、母親の百合子に食べさせてあげた。
何か分からないけれども、心なしか母親の百合子はすごく嬉しそうに僕を見つめているような気がした。
こんな母親でも僕を生んで育ててくれたんだよな。
今まではそのような気持ちにはならなかった。
母親と暮らして居た時は、僕は生まれてきたことを本気で悔やんでいた。
病院を後にして、母親が嬉しそうな顔を垣間見た感じで、なぜか心がほっこりと気持ちの良い感じだった。
そこで分かったが、僕は坂下さんとの出会いにより、僕の心は変化している。
それもとても良い方向に。
母親と暮らしていた時は、僕はすべてを否定された。
小学校の時も中学の時も、すべてを否定され、いつも死にたいと思い、僕には輝かしい未来なんてないと思っていた。
そして図書館で本に出会い、小説を書いて歌を作って、そしてその先には僕の心を幸せに染めてくれる坂下さんがいた。
生きていれば良い事があると、僕は本気でその言葉を疑っていたが、本当だった。
スーパーで明日の食事の買い出しをして、家に帰る。
そこで僕はすごく待ち遠しい気持ちでいっぱいだった。
彼女が普段からネットに載せている絵を一刻も早くみたいという気持ちだった。
僕は帰宅しながら、彼女はどんな素敵な絵を描いているのか?色々と想像を膨らませていた。
そして帰宅して、スマホのネットで見ようと思ったが、どうせ家にはパソコンがあるので、大きな画面でじっくりと鑑賞したいと思ってパソコンの電源を入れる。
パソコンが立ち上がり、僕の旧型のパソコンは完全に立ち上がるまで少々時間がかかる。
そしてネットを開いて、彼女が言っていた『真絵』を検索した。
一発でヒットして、そのサイトを開いてみる。
サイト名は『真絵のアトリエ』と記され、いくつかパソコンのソフトで描いた絵が並べられている。
その数は正確に記されていて、四十枚だ。
新しく掲載された順に並べられて、その並べられレイアウトされた絵を見ると、とても鮮やかだ。
適当にクリックして絵を拡大してみると、すごく鮮やかに描かれている。
「すごい」
と思わず口にしてしまうほどだ。
その絵は空は鮮やかな夕焼けに染まった秋の季語であるコスモスが色とりどりとたわわに咲いている。
僕は思わず絵の中に引き込まれそうな気がして止まない。
このまま眺めていると、臨場感を感じてしまう程の、美しい絵だ。
そしてなぜか涙がこぼれ落ちるのはなぜか?
僕はきっと彼女の美しい絵に感動して見とれてしまったのだろう。
絵の魅力を感じたと同時に、彼女に対する思いが強まった。
こんなすばらしい絵を描く坂下さんの事が好きだ。
その他にもクリックして見て回りたいが、じっくり丁寧に見たい。
一つ一つの絵を丁寧にじっくりと感じて見たい。
とりあえず最近描いたと思われる絵を見てみようとクリックしてみる。
その絵を見て、僕は正直すばらしい絵というのは別として、これは僕の小説のワンシーンだと一目見ただけで分かった。
これは僕の私小説の『私だけのアーティスト』のラストを飾るワンシーンだ。
僕の小説を読んでしっかりと吟味して、描かれている。
そこで僕は思いつく。
僕の小説の挿し絵を彼女に書いてもらえないか?
でもそんなのおこがましいと思う。
今日も燃えるような小説を書く意欲がわき起こり、僕はキーボードをたたく手が止まらない。
そして区切りがついて、今日はこれぐらいにしようと思って、時計を見ると、午後十一時を過ぎたところだ。
ちょっと遅い夕食をとって、少し休んで僕は何となくアコースティックギターを手に取り、弾いて歌った。
君を思うことで
作詞 一樹 作曲 一樹 編曲 一樹
『未来を疑っていた僕の前に、君が現れた
夢見る僕は君を思うことで、心が強くなれる
僕の夢を見た君は、幸せそうに花のように笑ってくれたね
僕も君の夢を見て、心ときめく気持ちに翻弄され幸せを感じてしまった。
そんな君に会う明日が待ち遠しい』
寝る前に、彼女がネットで掲載した絵をもう一枚見たいと思って、パソコンを立ち上げて、彼女のサイトにアクセスした。
四十枚描かれている絵のうちでこれで三枚目だ。
小説を読むのとは違って絵を見る事は一目見れば、どんなのかはすぐに分かる事だ。
でも彼女の絵は、そんな無作為に見るのは、何か粗末な感じがして、一枚一枚丁寧に見て感じたいと僕は勝手ながらに思う。
そして四十枚あるうちの、一枚をクリックして見る。
その絵はまさに芸術だ。
本当に絵に引き込まれる。
どんな絵かと言うと、西洋のおとぎ話に出てくる町並みに、街頭の明かりが鮮やかに街を照らして、空にはガラスの粒をちりばめたような星々が輝き瞬いている。
じっと見つめていると、僕の中のインスピレーションが働き、新しい小説のアイディアが思いついた。
僕は思いついたアイディアを忘れないように、大まかにメモに取った。
まだ題名も物語のプロットも出来ていないが、次回作の小説を書くきっかけになるだろうと思う。
そして僕は布団に入って眠る前に、彼女の絵をじっと眺めて、しばらく空想に浸った。
そしてパソコンの電源を切って、布団に入った。
気分が高揚して寝付けなかった。
でも甘い夢が見れそうだ。
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三時半にセットした目覚まし時計がけたたましくなり、僕は目覚める。
ちょっと寝不足でだるいが、気分は最高だった。
僕は朝ご飯を軽くとって、事務所に向かい今日も僕の幸せな一日が幕を開けた感じがして、すごく気持ちが高揚していた。
事務所にたどり着くと、同僚の人たちに、挨拶を交わし、いざ仕事に向かう。
何だろう。仕事中気分は良いが、それが体が付いていけない感じで、ちょっと体がだるい。
昨日は調子に乗って小説を書いて、歌も作って、彼女の絵を鑑賞して夜更かししてしまったからな。
ちょっと無理をしたかもしれない。
でも仕事はしっかりとやらないとな。
仕事中僕は頭がボーとしてしまい、配達が終わったと思ったら、新聞が一枚残っていた。
新聞を一つ多く持って行ってしまったのか?
いやそんなミスはしない。
じゃあ・・・。
僕は自分のミスに気が付いて、恐ろしいほどの不安感に陥り、どこか配達を忘れた家はないか一件一件調べる羽目になった。
でもポストを見ただけでは分からない。
そこでスマホに連絡が入り、事務所からだった。
どうやら僕の配達区域の一件の家から苦情があり、僕はスマホ越しに社長からちょっと威圧的な言葉で注意された。
すごくへこんだが、仕方がない。
これは僕のミスだ。
そして苦情があった家に行き、僕は思いきりどやされてしまって、正直泣きそうになってしまった。
仕事が終わり、かなり憂鬱な気分で家に帰った。
自然とため息がこぼれ落ち、とりあえず気を取り直して、少し休んで学校に行く支度をしなければいけない。
寝不足でちょっと無理をしすぎたのかもしれない。
学校を休もうと思ったが、僕は坂下さんに会えなくなるから、ちょっと無理してでも学校に行こうと決心した。
外に出て、空は鮮やかで青い。
太陽の光をもろに浴び憂鬱な気分から一転して、何か心の底から得体の知れない、ワクワク感がわき起こる。
自転車に乗り登校する。
その先に坂下さんの姿があった。
「おはよう」
彼女はそういって、視線をさまよわせ何かそわそわしている。
その彼女の心が読めた。
坂下さんは自分の絵の評価を気にしている気がした。
そんな彼女に僕は自然と笑顔がほころび「おはよう」と挨拶をする。
「あの、その、えーと」
「坂下さんの絵を見せてもらったけれども、すごく良かったよ」
「嘘言わないで」
彼女の発言を聞いて、自分の絵に自信がない事が分かる。でも、
「嘘じゃないよ。本当に見ただけで引き込まれそうな程の印象的な絵だったよ」
「本当に?」
彼女は鞄で顔を隠して、上目遣いで僕の目を見る。
「本当だよ」
「あの絵を見たの?」
「あの絵って?」
「その梶原君の小説をモチーフにして書いたあの絵だけど」
「ああ、見たよ。一目見ただけで、僕が描いた『私だけのアーティスト』のラストシーンが描写したあの絵ね。
とてもすばらしかったよ」
「本当に」
「本当だとも。坂下さんはあんなすばらしい絵を描けるんだから、もっと自分に自信を持つべきだよ」
「・・・」
口をつぐんで黙り込む坂下さん。
僕は勢い余って、
「もし良かったら何だけど・・・」
彼女は再び鞄で顔を隠して、その鞄から上目遣いを伺わせた。
「僕の小説の表紙を書いて・・・」
「書いて?」
「書いてくれないかなって」
「ごめんなさい。私そういう風に、やれとか言われると描けなくなるの」
その彼女の気持ちは大いに分かる。
僕だって小説をネットで書けとか言われて書けなくなった事があるからな。
僕は彼女の気持ちも知らないで頼んだ自分に対して、恥を知り反省させられる。
とにかくそれはそれで良いとして「今日は自転車じゃないの?」
「自転車パンクしちゃって・・・」
「じゃあ、今日は僕は自転車を引いて坂下さんのペースで学校に行くよ」
すると彼女は何か不服そうな顔をする。
「坂下さん?」
「後ろ・・・」
恥ずかしそうにその視線をさまよわせながら僕に言う。
「後ろ?」
「もう。梶原君の自転車で二人乗りしたいの」
「ええー」
僕は心臓が飛び跳ねそうだった。
うちの学校に二人乗りで登校する生徒は何人か入るが、僕は、「二人乗りは良くないよ」と言うと、坂下さんはキッと威圧的な視線を向け「私が梶原君が運転する自転車の後ろに乗りたいの。細かい事は言わないで、私を載せて学校まで連れて行って」と坂下さんはいつもと違う高飛車な態度をとる。
僕は彼女の強引な発言に押されて、「分かった」と言うと彼女は僕の自転車の後ろに座った。
「安全運転でお願いね」
「はい」
二人乗りなんて初めてだ。
坂下さんを乗せて、僕は重たいサドルを漕ぐ。
ゆっくりと自転車を運転して、彼女は僕のお腹に手を回して、しっかりと捕まる。
背中にすごく柔らかい物が密着して、僕の胸が激しく高鳴る。
二人乗りは初めてだが案ずるより産むが易い。
でも僕は後ろに大切なものを運んでいるので、運転には本当に気を使わなくてはいけない。
「もっとスピードは出ないの?」
急かす彼女に僕は、
「安全運転って言ったのは坂下さんの方じゃないか」
「堅いことを言わないの、もっとスピードを出して」
彼女の言っている事はまるで馬に鞭を打つかのように感じで訴え、僕は彼女の言われた通り徐々にスピードを上げていく。
また彼女との距離が縮まった気がして、僕は彼女と永遠を感じていたいと密かに思ったりしている。
今日も彼女とどんな事を語り合い、お互いに何を知り合っていくのだろう?
想像しただけで、胸がときめく。