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お友達としての誓いの握手



 僕は坂下さんの気持ちを聞いて、思った通り衝撃を受けた。

 僕の事が知りたいって、つまり僕に気がある事?


「ごめんなさい。これは私のわがままなんだけど、梶原君、もし良かったら私のお友達になって欲しいなって・・・」


 坂下さんの顔を見ると自分でも思いきった事を言ったのが赤面した顔が物語っている。


 僕は空を飛ぶ程の嬉しさにさらされたが、


「僕はそんなに面白い人間じゃないよ」


 と視線を反らして否定的な返事を漏らしてしまう。


「梶原君がそう思っても私は面白いと思うよ」


「どこが面白いの?」


 と聞くと彼女は視線を俯かせて、「お友達はダメかな?」と、しゅんとしてしまった。


「いやいやダメじゃないけれども、・・・どうして僕の事をそんなに知りたいと思って・・・」


 なぜか彼女が機嫌を損ねようとすると、僕はとっさに彼女の機嫌を直そうとしてしまう。


「それは梶原君の小説にあった通りの事だと思うよ」


「僕の小説?」

 自分の書いた小説を思い起こしてみたが、その答えには至らなかった。


「好きになる気持ちに理由はないって」


 彼女は言った。好きになる気持ちって。僕が驚いていると彼女は慌てて、


「ごめんなさい。別に梶原君の事が好きって言うか、そういうんじゃなくて・・・」


 坂下さんの気持ちを聞いて今度は僕がしゅんとしてしまう。

 

 すると彼女も機嫌を損ねた僕を直そうと必死になり、「ごめんなさい。私が言いたいのは、えーとその・・・」しどろもどろとなりパニックになった。


「坂下さん。落ち着いて」


 すると彼女は大きく息を吸って、気持ちを整えて言う。


「とにかく。梶原君の事、好きとかそういうんじゃなくて、あーなんて言った良いかな」


 髪をかきむしり、またしどろもどろと言う気持ちに陥っている。

 僕はそんな彼女を見て、かわいい人だなって素直に思えた。


 彼女が僕の目を見て「何笑っているの?」と彼女は怒り出す。

 どうやらしどろもどろとなったかわいい坂下さんを見ていて、自分でも気が付かぬうちに顔がにやけてしまったみたいだ。


「もう」


 と言って僕の肩に拳を丸めて少し強めにどついた。

 ちょっと痛かったが、僕はそんな彼女がなおさらかわいいと思ってしまう。


 そして彼女は僕のにやけている顔をキッと威圧的な視線を向けて怒り出して「とにかくお友達になるの?ならないの?」怒気を込めた口調で僕に言って、その友達の誓いか、手を差し伸べ握手を求めている。


 ここで断ったら今度は彼女が、ショックを受けてしまう。

 それはかわいそうだし、それに僕も彼女の事を知りたいと思った。

 そしてその細くて繊細な小さな手を握って、お友達の誓いの契りを交わした。

 彼女の手は冷たい手だった。

 手の冷たい人って心が温かいなんて聞いた事がある。

 それは本当なのかどうか分からないけれども、彼女と握手を交わした瞬間に、僕の中で何かが動き出した気がした。



 ******   ******   ******   *****

 



 僕と坂下さんのお友達の誓いの握手をしたお昼休みは終わり、僕は激しくテンションが上がっていて、授業中も調子が出て、頭が冴え、授業の内容が頭の中に次々と入って、先生に当てられたが、答えられないことはなかった。

 しかもその問題、みんなが難しい難解な英文だったが、僕はすんなりと翻訳して答えて、クラスメイトから拍手喝采を受けたほどだ。

 何かすごい、坂下さんとお友達になれた事によって、未知のパワーがみなぎってくる。

 だが授業が終わって、その反動で逆に不安になったりする。

 もしかしたら坂下さんは僕の事を欺こうとして、友達になったんじゃないかと、本人が聞いたら怒ると思うがそういった気持ちも僕の中にも存在している。


 でも放課後、坂下さんに朗らかな笑顔で「一緒に帰ろう」と言われて、そういった疑念は払拭される。


 本当にこれは現実なのかと疑ってしまう。

 これほど幸せな気持ちになった事は未だかつてなかった。


 自転車に乗って下校中並走しながら帰り、色々と些細な話題を繰り広げている。


 些細な話題と言っても僕の好きな歌とか普段は小説を書いているとか、でも母親の事とか中学時代の暗い過去は語りたくなかった。


 彼女は言った。僕の事をもっと知りたいと。その意味を吟味すると、彼女とふれ合いながらこの先互いの事を知り合って、それ以上の関係になり、××な事をしたり、××な事を・・・・って話を飛躍しすぎだ。

 あくまで今は僕と彼女の関係は友達同士だ。


 でもそれ以上の関係になれば、僕の語りたくない事情を知ってもらわなきゃいけない。

 僕が蛇蝎のように嫌う母親の事。

 そんな母親の事を周りには親しく演じて、心の奥底には母親の醜い顔を見ただけで唾を吐き捨てたいと言う陰険な気持ちを。

 彼女はそんな僕を見て幻滅してしまうんじゃないかと。

 いやでも僕と彼女はまだ友達同士の関係だ。

 でも僕の本当の気持ちはそれ以上の関係になりたいと望んでいるのか?


 一緒に下校して自転車で並走して、僕が通わなくてはいけない病院が見えてきて、彼女とこうして幸せを満喫する時が終わろうとしている。


「じゃあ、坂下さん。僕は病院に寄らなきゃいけないから」


 そう言った僕は怖くなってしまう。

 何のために病院に通うのと聞かれることを。

 

 でも彼女はなぜかつまらなそうな顔で僕を見て、また朗らかに笑って、「そう。じゃあ、また明日学校でね。バイバイ」と行って自転車を漕いで彼女と僕は別れた。


 彼女ともう少し、いやずっと一緒に居たかった。

 目の前の病院を見て、先ほどまで彼女と一緒に下校して同じ時間を共有して頭の中はラナンキュラスが咲いたかのような気分だったが、その花が萎れるかのように頭の中は潤いの水はない殺風景の砂漠のような感じだ。

 人知れずため息を漏らしながら、僕は渋々行かなくては行けない目の前の病院の中へと入っていく。


 すれ違う看護婦さん達に「今日もお母様のお見舞いですか?」と言うような事を言われ、僕は母親とは親密な関係だと言う事を演じながら「はい」と笑顔で返事をする。


 そして母親の病室に入り、母親の担当の看護婦さんがたまたま付き添っていた。


「あら、一樹君」


「あっ北山さん。いつもお世話になっています」


 恭しさを演じて頭を下げる。


「ほら、百合子さん。一樹君がきましたよ」


 すると母親は僕の目を見て「あーうーあーうー」と呻き、舌打ちをして唾を吐き出したい気分だったが、舌打ちを堪えて吐き出しそうな唾を飲み込み、朗らかな笑顔を演じて、「元気だったお母さん」とその触りたくもない手を両手で包み込み、優しくさすった。


「お母さん、最近少し認知症が良くなった兆しなんですよ。毎日一樹君の賢明な介護のおかげかもしれませんね」


「そんな事ないですよ。僕はただ毎日顔を見合わせて居るだけで」


「それだけで充分ですよ。ご家族を大事にする一樹君の気持ちが百合子さんに伝わって認知症が改善させたと言っても、私は過言じゃないと思いますよ」


 仕事柄か?幸せそうな笑顔でそう言われて、何か良い気分になり、こんな母親の介護をしているふりをしている僕は何か悪い気分になる。

 続けて北山さんは、


「この病院にも居ますけれども、認知症を患った高齢の患者さんに対して、そのご家族にほったらかしにされてこの病院に放置されている人もいます」


 と切なそうに北山さんは言う。

 それは僕も知っている。高齢化していく現代で、四人に一人が高齢者がいる現状。

 中には家族に見捨てられて、乳母捨て山同然の施設に送られて、餓死させられたり、ひどい所では殺されて闇に葬られるケースもある。

 でも正直僕の母親がそのようなひどい事になっても、何ら同情する気にもなれなかった。いやむしろそうなってくれと心の中では唱えている。

 でも患者を懇ろにもてなす北山さんを見ていると、そのような気持ちで良いのかと僕の中で葛藤が生じる。

 さらに坂下さんが僕に見せてくれた輝かしい笑顔がよぎり、ちょっぴり心が痛んだ。


 いつものように担当医の先生と看護婦さんに容態を聞いて、手続きを済ませて、病院の外にでる。

 ちょっと今日は病院に長居してしまい、空は茜色の夕焼けに染まっていた。


 あんな母親死んでしまえば良いと、僕は心の中で天文学的数値に至ほどの回数を思っていたと言っても過言じゃないと思う。

 でもそんなので良いのか?

 坂下さんは僕の裏の顔を見たら、どんな顔をするのだろう?

 そう思うと、彼女の笑顔が曇りそうでなぜか怖くなってしまう。


 鮮やかな夕焼けに染まった帰り道を自転車で走っている時、あんな母親でも大切に思わなくては行けないんじゃないかと、なぜか思ってしまう。


 スーパーでいつものように買い物をして、自宅に帰宅して、パソコンに向かって気を取り直して小説を描く。


 書いていて分かったが、僕は坂下さんが必要だ。

 坂下さんを思うだけで燃えるような意欲がわき起こり、テンションが上がって、本当に面白いアイディアが次から次へとわき起こる。

 あくまでまだ友達であり、お互いの距離はまだそれほど近くなったとは言い切れないが、遠いとも言えない。

 彼女を思う事で、僕は強くなれる。

 比喩でたとえるなら、ドラゴン○ールのゴ○ウがスーパーサ○ヤ人になったイメージだ。

 それ程までに僕を強くしてくれる。

 でも逆にこうも考えてしまう。

 彼女の思いが偽物であり、中学の時のように欺かれ、心をずたずたに引き裂かれたらって。

 きっと僕は彼女の事を百パーセント信じた訳じゃないみたいだ。


 小説を描きながら、時計を見ると、午後十一時を回った所だ。

 そろそろ僕の新しい私小説をネットに掲載させなければいけない。

 きっと坂下さんは見てくれるんだろうなと期待が膨らむ。

 小説を掲載させる前に僕は軽く食事をしてからにする。

 今日も良い小説が書けたとすごくテンションが上がっていた。


 そして食事が済んで午前零時三十分前になり、ネットに僕の小説を掲載させる作業を行う。

 題名は『メモリーブラッド』大まかな内容は主人公の女の子が吸血鬼になり蘇り、彼氏である男の子の前に現れると言った内容だ。

 そして主人公の女の子がその力で路頭に迷った人や、深刻な環境下に置かれた少年少女を助けていくと言う物語だ。


 午前零時、僕の新しい私小説『メモリーブラッド』掲載が終わった。

 坂下さんはきっと僕の小説を見てくれる。

 彼女は僕の小説を見て、何を思うのだろう。

 でも彼女には僕が新しい小説を掲載させる事を言っていなかった。

 メールか何かで伝えたかったが、そういえば僕は彼女のメールアドレスもスマホの番号も知らない。

 僕の今の気持ちは世界の誰かが見せるよりも、一刻も早く彼女に見てもらいたい気持ちでいっぱいだったのだ。


 翌日、午前三時半を回ったところ、少し不眠だったが、新聞配達の仕事に行かなくてはいけない。

 起きて僕はスマホから自分が掲載している小説の感想ボックスを見てみると、坂下さんの感想は来ていなかった。

 どうやら僕は坂下さんが僕の小説を読んで、どうのような反応をするのかを期待が膨らんでいた。

 まあ、掲載したのは今日の午前零時であり、今は午前三時半だ。こんな短い間に読むはずないし、常識的に考えて、夜中に起きて見るなんてあり得ないよな。

 アクセス回数を見てみると、三時間半の間に三十人のアクセス回数が見られた。

 少なからず僕の小説に目を向けている人はいるみたいだ。

 ヤバいそうこうしているうちに時間は過ぎていき午前四時を回ってしまうところだ。


「ヤバい遅刻だ」


 僕はとっさにラフな服装に着替えて歯磨きをして、髪を整え、外に出て自転車に跨がり、事務所に向かう。


 事務所に着き二分の遅刻で、別に厳重に注意される事はなかった。

 まあ多分僕は普段からちゃんと仕事をこなしているから大目に見てくれたんだと思う。


 さて仕事が始まり、彼女を思うことで仕事にもいつもより熱が入りテンションが上がっている。


 僕も大人になって坂下さんと一緒に暮らすようになったら、僕が彼女と支え合いながら養って行かなくてはいけない。

 それに子供も出来て・・・・って僕は何を考えているのだ。幾ら何でも話を飛躍しすぎだ。


 そして仕事が終わり、社長には「今度から遅刻しないように注意してね」と注意を受けて、少しへこみ、今度からそうならないように、気をつけようと反省する。


 自宅に帰って時計は午前七時を回っている。

 僕が掲載しているネット小説の感想箱を見ると、期待していたとおり一件の感想が添えられていた。


 僕は息を飲み、クリックして開くと・・・?


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