侮蔑を含んだ視線
平穏な日々を送っている一樹に何かが起こる。
四人組バンドのフォルトゥーナのそれぞれのソロのステージにボーカルの梓はアコースティックギターを構えて、歌う。
その歌声はまさに天使が授けてくれたようなすごく済んで人を魅了する綺麗な歌声だった。
一万人を越す観客は彼女の美しい歌声に魅了され、ただひっそりと静かに聴き入っている。
彼女の奏でるアコースティックギターのメロディーに乗せて、美しい歌声を披露する。
舞台袖で僕は彼女のソロを見つめて、このバンドは彼女一人で成り立つんじゃないかと、僕は密かに空しさを感じていた。
僕たち四人がそろった時の演奏よりも、彼女一人で演奏している方が、観客をさらに魅了させる事が出来る。
舞台袖で、フォルトゥーナのベーシストの僕の恋人である息吹も同じように感じているのが伝わってくる。
ドラムの榊は、歌声を聞いて、うっとりとした表情で「梓ちゃん頑張って」と言っている。
榊は親友の梓が元気に輝いている姿が見れて満足のようだ。
本当に梓のソロのステージを見て、僕達は用済みのような感じがした。
榊はともかくこのバンドにとって僕と息吹の存在って何だろうと、お互いに顔を見合わせ自問してしまう。
すると何だろう。梓の様子がおかしい、梓は急に声が涙声に変わり、その美しい歌声が止まり、そして泣き出してしまった。
その様子を見ている観客の人たちは、ざわめき、舞台袖で見ている僕と息吹と榊は心配だった。
そこで僕は思い出す。
もしかしたら梓はトラウマを思い出してしまったのかもしれない。
その梓のトラウマは父親を震災で亡くして、悲しみに打ちひしがれて歌えなくなり、自閉症を患ってしまった。
梓は父親のギターの演奏に乗せて、よく店のホールで歌い、お客達を魅了して、最高の気分を味わっていた。
けれども、梓が済む街は震災によって、津波に飲み込まれてしまい、父親が経営していた店もろうとも、津波に飲み込まれてしまい、さらにその父親も津波で今だに行方がわからない状況だ。
きっと梓はその事を思い出して、歌う事が出来なくなったのだと思った。
これは非常事態だ。
コンサートでこのようなアクシデントは合ってはならない事であり、ファンのみんなを裏切ってしまう事になる。
榊は狼狽え、僕と息吹も同じように狼狽えた。
でも僕はすぐに閃いた。
その事を榊や息吹に伝える。
そう、僕達三人はそれぞれの楽器を持って、大きなステージにたって涙に打ちひしがれている梓の元へ行き、榊のドラムの合図と共に、楽器を演奏した。
そこで激しいサウンドの中、梓に目で一人じゃないことを伝える。
すると梓は悲しみに満ちた表情から一転して、表情をほころばせ満面な笑顔を見せてくれて再びマイクを手に歌ってくれた。
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小説を描いていて、時計は午前四時を示している。
そろそろ新聞配達の時間だ。
結局今日は小説を書く事に熱中して、一睡も出来なかった。
その事で体調に差し支えるようだったら、学校を休もうと思った。
でも新聞配達の仕事はちゃんとしておかないと、社長にも迷惑がかかるし、僕の生活の支障も出るからそれは出来ない。
仕事場に向かいながら思う。
本当に小説を描いていると、テンションが上がる。
僕が描く人物はみんな人情味があって、仲間思いだ。
でも現実は本当にクソで、人情味もかけらもなく、欺瞞に満ちていて、すぐに人を欺き、傷つける。
まあ、そんなつまらない事は宇宙の彼方にでも吹っ飛ばして、そろそろ今連載している小説のラストをどう飾るかを僕は考えながら、仕事場に向かっている。
仕事場に到着して社長や同僚の人たちに挨拶をして、配達に出かける。
僕が今描いている小説のラストはどのような展開で終わらせるか胸を膨らませ、配達をしながら膨らませる。
ヒロインの梓はみんなの友情を感じてトラウマを克服して、さらなる進展を迎える。
そして主人公の洋一と付き合っている息吹はヒロインの梓が洋一を必要としている事に気がつき、洋一の心もヒロインの梓を求めていた事に気がつき、そして息吹はつき合っている洋一を突き放し、梓の元へと行くように促す。
そしてヒロインの梓と主人公の洋一は結ばれハッピーエンド。
これで今書いている小説のラストの構想が浮かび、早く配達を終わらせて、家に帰り、パソコンに向かって書く意欲が最大限にわき起こる。
配達をすべて回り、事務所に戻りながら、朝日が昇ろうとしている空に向かって叫ぶ。
「最高の構想が出来上がった」
と僕は有頂天だった。
そして事務所に戻り、社長や同僚に挨拶して、自転車を猛スピードで漕いで、帰宅する。
家に戻るのは六時半ぐらいだ、学校を出るのは七時半なので、一時間で今描いている小説「ジェイポップガール私だけのアーティスト」を仕上げようと僕は躍起になっている。
でも良い構想が浮かんだからって、アクセス回数は増えるとは限らない。
僕的に良い小説が描けても、それをみる人たちの反応はまた別だ。
でも一人でも僕の小説に目を向けてくれるなら、僕は今は満足だ。
僕は小説と歌を描く事が僕にとっての最高の生き甲斐だ。
家に到着して、早速パソコンの前に座って、配達中に思い描いた構想を描いた。
自分で言うのも何だが、ものすごいスピードで、キーボードに文字を打ち込み、書いている。
書いてやる。書いてやる。
そして学校に行く時間になった丁度その時、今僕がネットで連載している小説のラストを描き終わった所だ。後は、学校から帰宅して、掲載するだけだ。
うわあ、すごく待ち遠しい。
この小説我ながら良い出来だと自画自賛だ。
さて学校に行くのだが、僕はすごく眠い。
学校を休もうかと思ったが、出席日数は足りているけれども、行かないと、いつも学校の帰りに立ち寄る病院にも買い物にもおっくうになりそうなので、ちょっと無理して今日は行くことにする。
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学校に到着していつものように校舎裏にある駐輪場に自転車をおいて、下駄箱で靴から上履きに履き替え、教室に入る。
クラスメイトは相変わらず、それぞれのグループにより固まって、色々と雑談している。
何にも属さない僕は挨拶もする必要もないので、教室に入ったら、席について黙って本を読む。
本を読もうと思ったが、やっぱり昨日は徹夜で小説を描いたのが触って、すごく眠いのでホームルームまで机に突っ伏して僕は眠る。
そこで何か分からないけれども、何か妙な違和感を感じた。
多分気のせいだと思って、僕はそのまま眠りにつく。
午前中の授業が終わり、今日は最悪だったかもしれない。
何度か授業中に居眠りをしてしまい、先生に教科書を丸めて叩かれ起こされた。
先生に思い切り注意された時の鬼のような顔がこびりついて、今日小説を描くのにそれが影響して、いつもの調子で描けなくなるかもしれない。
ため息の連発だった。
それに何か違和感がした。
その原因の発端は何なのか分からないが、何かいつもと違う感じがした。
多分僕は昨日徹夜で眠っていないから、体の具合が悪かったから、そのように感じてしまったのかもしれない。
だから今後このような事にならないように、注意しないといけないな。
さて午後の授業はちゃんと受けられるように、今のうちに少しだけ、校舎裏の石段の上で仮眠しておこう。
そう少し眠るつもりだった。
でも。
起きた時には五時間目は終わっていて、僕は血相をかいて教室に戻ったところ、クラスメイトと先生の注目の的になり、クラスメイトには笑われ、先生は僕を見て鬼のような形相で怒り狂っていた。
僕は放課後職員室に連れて行かれ、担任の篠原に説教を受けた。
「梶原、どうしたんだよ。お前みたいな真面目な生徒が授業をさぼるなんて」
さぼった訳ではないのだが、お昼休みにいつもの校舎裏で弁当を食べているところでちょっと昨日は、不眠だった為、そこで仮眠を取ったなんて良いわけしようと思ったが、僕の学校での秘密の場所を誰にも知られたくないので、僕は「すいません」と謝るしかなかった。
「まあ、居残りにしてやりたいけれども、お前には病院で母親の看病もしているし、朝早く新聞配達もしているからな」
「はい」
僕は篠原先生を上目遣いで見つめて、大目に見てくれると期待したが、
「お前、その目は俺がお前に様々な事情があるからって大目に見てくれると思っただろ」
「いえ、滅相もございません」
「まあ、お前の事情は配慮はするけれど、だからってお前を決して、特別扱いにはしないからな」
話は終わり、職員室に出たと同時に漏れたのはため息だった。
小説も程々にしないといけないな。
気分がすごくブルーだ。
このようなテンションではまともに小説は描けそうもないな。
でも今連載している小説も終わった頃だし、今日はやる事やったら、音楽でも聴いてのんびりしていようと思う。
校舎を出て、何やらまた違和感がする。
気のせいだと思って、駐輪場に行くと、クラスメイトの女子である坂下香味が僕に向けて威圧的な視線を向けて、待っている感じだ。
何かそうやって見られると、何か怖い。
とにかく早く帰って、病院にも買い出しもしないといけないし、それに帰ったら、ネットに今描いている小説のラストを掲載しなければいけない。
だから、僕はそんな視線をよそに、駐輪場に近づいて、自転車を取ると、その視線が気になって、つい目があった瞬間に、僕は金縛りに合ったかのように、動けなくなってしまった。
そうその坂下香味が威圧的に見るまなざしは、中学の時に、思いを寄せた女子に向けられた侮蔑を含んだ目にそっくりだった。
あの時は僕が思いを寄せたから悪いと思う他なかった。
思いを寄せた人に侮蔑の目で見られるほどの、精神的な苦痛は死ぬことさえも簡単に決断しかねない程の衝撃的な事だ。
でも僕は坂下香味にそんな目で見られる筋合いはない。
坂下香味はモデルのようにスタイルは良く、円らな瞳に整った顔立ちに、校則違反にも関わらずに、ボブカットの髪を茶色く染めている姿はかなりチャーミングだと思っている。
それに彼女も僕と同じように人と接したりつるむ人ではなく、僕がはぐれ者だと思われるなら、彼女は一匹狼というワイルドなたとえがよく似合う。
そんな彼女に中学時代の事を思い出してしまう程のその侮蔑を含んだ威圧的な視線を見て、僕は思わず、言う。
「何だよ」
と。
すると彼女は、フッと笑みをこぼして、目を閉じて、「何でもないよ」と吐き捨て、自転車にまたがり、帰って行った。
不快だった。
そして僕は恐れてしまう。
中学の時に思いを寄せた女子に侮蔑の瞳で見つめられ、僕は死ぬほどのいじめを周りから受けたのだ。
もしかしたら僕は坂下にいじめられて、いびられて自殺に追い込まれるんじゃないかとひどく恐れてしまった。
いつものように母親の介護に病院に立ち寄るのだが、坂下のあの目が今の僕の頭の中に鮮明に焼き付けれて、冷静な判断が出来ずに、危うく、母親の介護を忘れて病院を通り過ぎるところだった。
病院に入り、母親の顔を見て、その時だった。
母親の顔を一目見ただけで、今日、坂下に侮蔑の視線を向けられて頭に焼き付いた事を忘れる事が出来た。
母親は重度の認知症にかかり、言葉も通じず、もはや社会復帰は不可能な状況で、まともに回復する見込みはないと医者から診断を受けている。
でもそんな母親を一目見ただけで、何か安心してしまう気持ちになり、しばらく母親の元に身を寄せていたいと思ったが、今まで母親に食らった仕打ちが芋蔓式に次から次へと浮かび上がり、不快な気持ちになり、その母親の顔をじっと見ていると、その顔に唾を突きつけたくなるような気持ちになった。
だから僕は本当に唾なんて吐きつけたら大変な事になると思って、その感情的な気持ちを抑えて、僕はいつものように手続きを終えて、外に出て、明日の食料の買い出しにスーパーに立ち寄った。
帰宅した時、僕の心は泥沼にはまったかのように、頭の中がパニックに陥りそうだった。
母親にされた昔のひどい仕打ちに、今日中学時代のいじめられた記憶を彷彿させる坂下の侮蔑の目が鮮明に脳裏に焼き付き、僕は悶え苦しんだ。
・・・ふざけんなよ。