最近ちょっと怖いことが起こる
最近、というか、ここ数ヶ月、少し不思議なことが起こっている。
鏡に僕でない人が映っているのだ。僕でない人と言っても、それが僕であることは疑いようがない。はずなのに、それは僕ではないのだ。映っている姿は僕だが、それは僕ではない、別の意識を持った何かなのだ。最初は自宅の洗面所だった。そのうち外出先でもそいつは現れるようになった。まあ、それだけといえばそれだけだ。鏡に映っているのが僕じゃないってだけで、特に害もない。
ただ、夜はやばい。
夜、洗面所で歯を磨いていると、ふとそいつと目が合うことがある。そうするとそいつは僕に笑いかける…………何てことはないが、今にも口の端を持ち上げそうな、歯を磨く僕の動きとは全く異なる動きをしそうな、そんな雰囲気があるのだ。僕は出来るだけそいつと目を合わせないように歯を磨き終えると、洗面台の明かりを消して寝床へと向かう。
暗い廊下。
僕は暗がりを怖がるようなタイプではないし、第一そこは歩き慣れた廊下だ。怖いなんて事は微塵もない。だけどそういう日は違う。
付いてくる。
あるいは憑いてくる、と言ってもいいかもしれない。鏡のあいつかどうかは分からないが、僕の後ろに何かが付いてくるのだ。その姿をはっきりと見た訳ではないが、おそらくそれは黒くモヤモヤとしたもので、真夜中の最深部のように暗く冷たい感情を持っている。そしてそいつは僕の後ろにぴったりと付き、僕の中に入り込もうと窺っているのだ。入り込まれたらどうなってしまうのかは分からない。そのまま死んでしまうのか、あるいは僕という人格が乗っ取られてしまうのか。どちらにせよ気持ちのいいことではないだろう。
もちろん勇気を出して振り返れば、そんなものはどこにもいないと分かるだろう。しかし、とてもじゃないがそんなことは怖くて出来ない。
そうしてようやく寝床にたどり着くと、僕は明かりをつけてドアを閉める。それでいなくなるときもあるし、いなくならない時もある。いなくならない時は決して開くことのないように堅く目を閉じ、時が過ぎるのを待つのだった。
以上が、ここ数ヶ月にわたって僕を悩ませている、また怖がらせている出来事だ。『もちろん勇気を出して振り返れば、そんなものどこにもいないと分かるだろう』と書いたが、僕には霊感というものがないので、今回のことも単にそんな気がしているだけだろうと思っている。しかし、人によっては同じ体験をこれは霊体験だと思う人もいるだろう。
ここからはちょっとしたエッセイに入っていくのだが、まずはたとえ話をしよう。
ある人が廃墟に行った。とても雰囲気のある廃墟だ、ここは何か出てもおかしくはない、そう思えるほど。そして彼は見てしまった。白っぽく、煙のように揺れる女性の霊だ。無論、それは彼が見た幻覚である。何か出そうだという気がすると人はその何かが出る場面を想像する、そしてその想像が極限まで高まってしまうと、それが幻覚として現れてしまうのだ。そして息も絶え絶え帰宅すると、彼はその事を友人に話した。友人は『では俺が行って確かめてやる』と言いその廃墟に向かった。意気込んでは来たものの、その友人もまた廃墟の雰囲気にいらぬ想像をかき立てられてしまう。そして、先に来た人から聞いた話も頭をよぎり、その友人もまた何かしらを見てしまう。その話が一人二人と伝わっていくうちに、その廃墟は尾ひれに胸びれに付きながら心霊スポットに成長していくのである。
と、言う話だが、どうだろうか。
要するに、そういう雰囲気の場所ではそういう想像をしやすく、さらにはそういうものを見た気になりやすいと言うわけだ。この場合最初に訪れた彼とその友人が見たものは同じとは限らない。なぜなら、それぞれが何を見るかは、それぞれが何を想像するかによって変わるからだ。人によって怖いと思うもの、感受性、その手の話に関する知識も違うので、当然同じ場所でも違うものを見ることもありうるのである。
これは視覚的なことだけでなく、変な音を聞いたとか何かに触れられたとかそういうことでも同じだが、そう考えると色々とつじつまが合ってくる。
例えば、同じ心霊スポットでも人によって異なる霊体験をしたりすることや、一緒にいても見える人と見えない人がいること、また人気のない場所や夜にそういった事が起こりやすいのも、そういう場面では特に恐怖を感じやすくその恐怖が変な想像をかき立ててしまうからだと考えれば納得はいくだろう。
もちろん、僕はこの世に霊なんていないとか、そういうことを言うつもりはない。ただ、霊感があると感じている人の中には、一定の割合、ここで述べたような理由で『霊体験をしているような気がしている』人もいるのではないかと思うのだ。同時に、こういう考え方もあると思うのだ。今まではいる、いないのどちらかの選択肢しかなかったが、人によって変わるという選択肢もありではないだろうか。
その人が見ている世界はその人にしか見えない。たとえ他の誰にも見えていなくても、その人に見えているのならそれは『いる』のである。あなたの後ろにもいるかも知れない…………なんつって(笑)
あ・・・