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ブクマ、評価、ありがとうございます。沢山の方に読んでもらえているようで、驚いています。嬉しいです。
お兄さまがもてない理由はよく理解した。
周りの令嬢たちがお兄さまから手を引いたのは、お兄さまを落としても侯爵夫人にはなれないし、侯爵家の婿を奪った者として社交界から爪はじきにされることが分かっていたからだ。だから、素敵だけど、ねぇ?というようなやり取りにつながるわけだ。
それを見事に誤解して暴走した結果、前倒しでのっぴきならない状況に陥ってしまった。わたしも来年には成人し、大人として扱われる。お兄さまはそもそも両親に認められてわたしの婿として今の立場にいる人だった。
「だからね、お兄さまと呼ぶのは禁止だ」
「そんな、いきなりは無理です」
優雅にお茶を飲みながらわかりやすく説明されたのが、そろそろ婚約者同士のような関係を築こうというものだった。当然と言えば当然だ。成人するまでは、とお兄さまは選択肢を残していてくれたが、事情が分かってしまっているのなら早めにいい関係になってほしいとわたしの両親が願ったのだ。早い人なら14歳はすでに結婚している年齢だから、両親の願いはさほどおかしなことではなかった。
「リーシアは僕が嫌い?」
「その言い方、ズルいです。お兄さまは今までもこれからも大好きです」
お兄さまだからと甘えても許されると思っていたから、恥ずかしげもなくあれほどべたべたしたいたのだ。それなのに、一人の男性として見るようにと言われてしまうと。
恥ずかしさのあまりに顔に血が上る。
今まで取ってきた行動を婚約者であるお兄様にとてもできない。何故か恥ずかしさが先に来てしまう。妹だと素直に甘えられたのに。
大好きなお兄さま。
お兄さまが旦那様になってくれるなんてとても素敵だ。お兄さまはわたしの理想の男性だから。だからこそ、誰もお兄さまを結婚相手として見なかったことを憤ったし、素敵な女性を見つけやすいようにもてるようになってほしかった。
それが婚約者だったという事実。生活が変わるわけではないのに。この恥ずかしさは何だろう?
「困ったな?」
「困っていないでしょう?」
恨みがましく睨むと、くすくすとお兄さまは笑う。その笑顔は今までは何と思っていなかったけど、今では素敵すぎて見ただけで血が上りそうだ。
「じゃあ、毎日、挨拶のキスから始めようか」
「はい?」
「朝、おはようのキスと、夜寝る前におやすみのキスをするときだけ、セシルと名を呼ぼうか?」
何、それ。
「まずは練習」
そういうと、隣の席に移動してきた。固まっている間に、じっと見下ろされて、ちゅっと頬にキスされる。今までだって頬にキスはされていた。だから、これといって変わったところなど何もないのだが。
「ほら、名前、呼んでごらん」
「セシル……兄さま」
「うーん。惜しいね。じゃあ、もう一度」
え、と反論する間もなく、今度は柔らかく唇にキスが落とされた。初めて異性との唇のキスに目を見開いた。
「あ、これもダメそうだね。リーシア、大丈夫?」
ダメだ。これ以上はもう無理。
恥ずかしさのあまりに顔を赤くし、動くことができなかった。
******
お兄さまの行動はわかりやすかった。
違う、今まではわたしの目がお兄さまだからという色眼鏡で見ていたから気にならなかっただけで、お兄さまの行動は常に大切な女性を扱うものだった。
一緒に歩けば自然と手を繋ぐし、何もなくてもどこか触っている。
髪だったり、指だったり、頬だったり。
「もしかしなくても、そうだろう」
呆れたように言うのはラルフだ。恥ずかくて、どうにもこうにもならなくて、とりあえず相談に来たのだ。事のあらましを説明すると、ため息をつかれた。
「でも、妹だから……!」
「あのな、俺にも母違いの妹がいるけどあんなにもべたべたしないぞ。面倒くさい」
「あう……」
あっさりと切り返されて、言葉に詰まる。
「ともかく、お前に自覚ができてよかったよ」
めでたしめでたし、と言い出しそうな雰囲気で軽く流された。
「どうしたらいいの?」
「どうしたら、って普通でいいんじゃないのか?」
「だって、色々調べたら、その、婚約者同士って色々するんでしょう?」
「は?」
ラルフが思わず止まった。まじまじと見つめられて、少し恥ずかしくなる。こんなこと、同性じゃなくて男性であるラルフに相談することはないとはわかっている。だけど、ラルフ以外に相談する人が思い浮かばなかった。
お母さまや侍女たちに相談するといい笑顔で教えてくれるけど、そういうことをセシルとするんだと知られて恥ずかしいのだ。だからといってラルフを選ぶのもどうかと思うのだが。
なんとなく同じ屋敷に住んでいない分、気安い。
「あのね、長い間婚約していると、まったりして……倦怠期?というものになるって書いてあったの。それを克服するには、ちょっとした刺激が必要だって」
「待て待て待て。お前はどこでそんな情報を仕入れてきたんだ。それに倦怠期って……!」
慌てたラルフに首を傾げた。
「女性向けの読み物があるでしょう?それを色々な人が貸してくれるの」
「その色々な人が誰だか知りたいんだが」
「お母さまとお母さまのお友達よ?それと侍女たちも快く貸してくれるわ。わたしとお兄さまって見ていてじれったいから、これくらいはしないと意識しないだろう、と言われた」
何をしてくれているんだ、と彼は天を仰いだ。
「はあ、また謎理論で斜め上に走り抜けそうな気がしてきた」
「今回は大丈夫よ。皆にお勧めしてもらっている本だから」
「ちなみに、何をしようとしていた?」
気持ちを落ち着かせようとお茶を手にしたラルフにそっと教えてあげた。もしかしたら、女性向けの本だから、ラルフも方法は知らないかもしれない。優秀な従兄よりも教えてあげられるものがあると分かって、少し嬉しい。
「あのね、婚約しているときの倦怠期の二人は、肌が透けるくらいの夜着を着て、一緒に夜寝るといいって。色は黒か赤がいいそうよ」
「ごほっ」
ラルフが盛大に咽た。げほげほと苦しそうに咳をするラルフにハンカチを渡す。
「大丈夫?心配しなくても、お母さまにもちゃんと聞いたわよ?お母さまはそれなら下着の色も合わせなさいとか言っていたけど」
「聞かなきゃよかったよ」
「え?ダメなやつ?」
悲壮感を漂わせたラフルに思わず聞いてしまった。もしかしてまたもや、やってしまっただろうか?
どうもお兄さまが絡むとダメなことが多い。
「リーシア、ちゃんとセシルを結婚相手として仲良くなる方法を考えてこい。答え合わせはセシルにお願いするんだぞ」
あまりの勢いに思わず頷いた。
******
ラルフの問題は難しい。
むーっと眉間に皺を寄せて唸っていた。頭が沸騰しそうだ。どんな勉強よりもふわっとしていて、誰もちゃんと教えてくれないからモヤモヤする。
セシルと男女として仲良くなる方法など、わかるわけがない。ぱらぱらと色々な人に借りた本を流し読みしていたが、ため息をつくとそのまま寝台の横のサイドテーブルに置いた。疲れた頭を抱えて、寝台の上に仰向けに転がる。
そもそも、わたしは男女で何をするのかよく理解していない。
キスは知っている。
お父さまもお母さまもよくやっているから。お母さまはうっとりとした顔でいつもキスされている。両親のキスはとてつもなく長くて、そのうちそっと侍女たちに部屋を連れ出されてしまう。
少し年上のお姉さん的な侍女たちに聞けば、恋人同士は抱き合ったりキスをしたりは当たり前だと言っていた。
好き合っている二人だとキスだけでも力が入らなくなるくらい、気持ちがいいらしい。
きっとそれは、お父さまとお母さまがしているような長いキスだろうと思う。気持ちよすぎて長くなるんだよね。
うん、キスは完璧に理解している。まだ恥ずかしくて、ちょっと唇に触れるくらいしかできないけど。
あとは、夜に寝台で裸で抱き合っていると、一つになった気分になるって言っていた。きっと肌が触れ合うって特別な感じなんだろうな。自分じゃない人に裸をくっつけるなんて、すごくすごく勇気が必要よね。聞いた時には驚きすぎてしまったわ。
でも、好きだからこそ恥ずかしくても嬉しさがあるのだと教えてくれた。
あれ、教えてくれたの、誰だったかな?
そうやって裸で仲良くしていると、そのうちにお腹に赤ちゃんが入るって。
神様が与えてくれるんだと思う。仲がいいから、赤ちゃんをプレゼントしてくれるんだ。
知っていることをつらつらとまとめながら、ぼんやりと天井を見つめていた。