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 本当はラルフなんかに会いたくない。

 どんな顔をしていいのか、まったくわからないから。

 だけど、ラルフから王城に報告しに来いと言われれば、行かざる得ない。彼は心配してくれているのはわかっているけど。


 ラルフの王族特有の男性的な美しい顔を思い出し、唇を噛み締めた。

 確かに、女性との愛に目覚めさせようとしてもあの美しい顔をしたラルフに勝てるとは思わない。しかも、二人はいつでも一緒にいるのだ。仕事とはいえ、二人でいる時間はとてつもなく長い。ラルフは第三王子だし、子供を儲けなくても問題はない。どちらかと言えば子供が生まれない方がいい立場だ。


「……」


 そもそも、男同士の恋愛ってどうやるの?

 好きだ、ってぎゅっと抱きしめ合えばいいのかな?

 

 イチャイチャしている体格の良い二人を想像し、眉を寄せた。思いのほか、なんか辛い。

 お母さまのお友達はあまり詳しく教えてくれなかったけど、あんな風に頬を染めてうっとりするような気持にはなれない。やっぱり身内だからかな?


「ごきげんよう」


 ぐるぐると出口のない疑問を抱えながら、ラルフの執務室へと入っていった。精彩に欠けた挨拶にラルフがぎょっとする。


「どうしたんだ、リーシア」

「どうにもこうにもありませんわ」


 よくわからない言葉を吐きながら、ため息をついた。そして、深々と頭を下げる。


「殿下にはご協力、ありがとうございました。原因はわかりました。そして、わたしには到底手に負えない問題であると判断いたしました」

「は?」


 ラルフが理解できずに、呆けた。わたしはつらつらと感情を込めずにさらに続けた。


「たとえ妹であっても立ち入ってはいけない問題というものが存在することがわかっただけでも、いい勉強になりました」

「なんか、また斜め上に解釈しているような気がする」


 ラルフが慌てて立ち上がると、私の腕を引っ張った。そして、無理やり長椅子に座らせる。手早くお茶を淹れると菓子まで出してきた。


「少し落ち着け。とりあえず、お前の立てた仮定を話せ」

「……嫌です」

「嫌とかじゃない。絶対にお前、間違えている!」


 間違えていると言われて、むっとして顔を上げた。真正面から真面目な顔をしたラルフを挑むように見つめた。


「わたしが間違えている……と殿下は思っているのですか?」

「絶対に、絶対にお前が間違っている。勘違いを直してやるから、とりあえず言え」


 強い言葉で否定され、しぶしぶと先日のまとめと結論、理由を述べた。

 もちろん、その片思いの相手がラルフだということは伏せている。というのも、この様子だとお兄さまはラルフに思いを告げていないようだからだ。


 お兄さまが片思い中だ、とラルフがさらっと話しているということは秘めた思い何だろう。もし片思いの相手が自分であったら平然として妹のわたしに話していられないはず。


「くっ……」


 ラルフが大きく体を震わせた。相手が誰であるか、気が付かれた、と体を硬くする。

 

 ごめんなさい、お兄さま。

 お兄さまの気持ちがわたしの余計な行動でバレてしまいました。

 こんな不肖な妹ですが、どうか嫌わないでください。


 そんな懺悔を心の中でしながら、バレてしまったことに心臓が苦しいほどどくどくする。


「あっははははははははは……!!!!!!」


 ラルフが壊れた。腹を抱えて、体をよじるように笑い転げている。こんな従兄を見たのはここ数年なかったので、驚きに固まった。


「ラルフ、うるさい!」


 ばんと乱暴に扉を開けて入ってきたのはお兄さまだ。どうやら隣の部屋で書類の整理をしていたようだ。

 二人そろうなんて。


 仕事で出かけて行ったのだから、お兄さまがここにいること自体、可笑しなことではない。

 でも、今は本当に本当に会いたくなかった。


 お兄さまとラルフ。わたし、祝福してあげられないかも。


 沈んだ思いで大好きなお兄さまを見つめた。


「ひーっははは、く、苦しい……」

「え?リーシア?何で?」


 なんとも言えない空気が執務室に漂った。



******


「取り乱した。すまない」


 気取った顔で言っているが、やや顔色が悪いのは思い切り鳩尾に拳を食らったからだ。笑いが収まらないラルフにお兄さまが迷わず制裁した。


「いいえ。それではわたしはこれで……」


 とりあえず、ここは逃げたい。お兄さまもいる中、ラルフに修正されたくないし、仲のいいところも今はまだ見たくない。

 ラルフは待て待てと挨拶を遮る。


「さっき言っただろう?お前の勘違いを直してやる」

「なんの話だ?」


 そもそも何の話をしていたのか全く分かっていないお兄さまが首を傾げている。わたしはひゅっと息を飲んだ。隠れてやっていたことをバラされるなんて、どんなお仕置きだ。


「セシルは黙って聞いていろ。さて、まず問題自体が間違っている」

「え?」


 驚きに目を丸くした。


「セシルは間違いなくもてる」

「そう、なんですか?」

「ああ。お前はセシルが女性にもてないことを問題にしていたな」


 それはそうだ。我が侯爵家の未来を考えたら当然である。


「もう一つ。抜けている前提がある」

「抜けている?」

「そうだ。そもそもセシルは侯爵家の跡取りではあるが、継承権は持っていない」


 驚きの連続に、言葉が出なかった。ただただ、ラルフを見ていた。ラルフはにやりと意地悪な笑みを見せた。


「侯爵家の継承権を持っているのは、セシルではない。お前だ」

「はい?」

「だが、この国の法律だと独身の女性が侯爵家を継ぎ、領民を治めることは認められていない。だから、お前の婿として選ばれて養子になったのがセシルだ」

「でも、お兄さまはお父様に似ていて。誰もお兄さまが養子だなんて……」

「お前の父親とセシルの父親は従兄弟同士だ。似ていても不思議はない」


 突然の事実に呆けてしまった。頭が働かない。


「誰も養子だと教えてくれなかったのは、お前が変な輩に狙われないためだぞ」

「わたしが狙われる?」

「お前に継承権があると知ったら、強引な奴らは既成事実を作るか、囲い込むか。まあ、色々だ」


 そこまで話されてしまったお兄さまが、何の話題かを理解してしまった。はあっと困ったようにため息をついている。


「ラルフ。話すなといっただろうが。成人した時にリーシアが結婚相手を自由に決めればいいことだ」

「いやいや、これは話しておくべき案件だ。変に黙っているから、こいつは暴走するんだ。お前、禁断の愛だと思われていたぞ」

「禁断の愛?」

「そう、高貴な男性に片思い中だと思ったらしい」


 お兄さまが固まった。


「高貴な男性……とは一体誰だ?」

「うーん、お前よりも上の位になると」


 二人とも何を思ったか、固まった。そして、怖いほどの美しい笑顔で二人はわたしを見た。


「その可笑しな理論をどうしようかな?」

「ちゃんと理解できるまで話そうか」


 ラルフとお兄さまはわたしをこの部屋からすぐに帰してくれるつもりはないらしい。


 今回のことを通じて、知ったことがある。



 妹だからと言って、お兄さまの問題に手を出してはいけない。



******


 こってりと絞られた後、ようやく屋敷に帰ってきた。疲れていたので早く部屋に戻りたいと思っていたのに、タイミング悪くお父さまに捕まった。


「ああ、リーシア、丁度いい」

「お父さま」


 明日にして欲しいな、と思っていたがお父さまはわたしの気持ちなんか慮ることなく、そのまま執務室へと連れていく。


「お前も来年は成人だ。そろそろこの家のことを話しておこうと思ってな」


 遅いです、お父さま。


 がっくりと項垂れると、不思議そうな顔をされた。


「今日、お兄さまと殿下にじっくり説明されました」

「ほう。セシルがとうとう言う気になったか」


 驚きと共に嬉しいのか、ニコニコしている。そのニコニコ笑顔をつまんでやりたく思いながらむっと唇を尖らせた。


「お父さまがちゃんと教えてくれないから、わたし、とっても勘違いしてしまって」

「勘違い?」

「そうです。内容は割愛しますが……とても怒られました」


 怒られた、と聞いてお父さまは驚きの顔を見せた。


「お前、何を言えばセシルを怒らせることができるんだ。お前にはとても甘いだろうに」

「言いたくないです」


 ふいっと顔をそむけるが、そんな程度で諦めるようなお父さまではない。ニヤニヤしながらも、ゆったりと座ってこちらが言い出すのを待っている。だが、こちらとしても言いたくはないのでひたすら無視した。


「ふうん。そんなに言いたくないのか。じゃあ、仕方がない。セシルに聞こうか」

「ズルいです。お父さま」

「ほら、早く楽になった方がいいぞ?」


 圧力をかけられ、渋々事の顛末を説明した。

 そして、ラルフと同じようにお母さまが止めに来るまで爆笑し続けた。




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