1
いつも不思議なの。
わたしのお兄さまはとても……侍女たちが言うには優良物件なの。
だって、この大国であるイディス王国のオハラ侯爵家の跡取りだし、お顔もお父さまに似てとても奇麗。
髪は金髪で、瞳は艶のある琥珀色。
背も高くて、すごく優しい。
本職の騎士様には負けるけど、剣の腕前もいい。
去年、学園卒業後、同じ年の殿下の側近として働いていて、実務は優秀。
気さくに領地を視察するから、領民にも慕われている。
女性をエスコートするのも様になっているし……。
なのに、何故か、もてない。
素晴らしい方、だけどねぇ、と褒めた後に何かある様な言葉で濁される。一人二人じゃない。女性陣が集まってお兄さまの噂話を始めると、大抵どこかでこのセリフが入る。
聞き捨てならない。
初めは信じられなくて、いくつもいくつもお母さまのお茶会について行って確認した。そうしたら、ほとんどの適齢期の令嬢が同意しているのだけが分かった。
だけどね、と。
こっそりと目を合わせて、含み笑いをして最後まで言わない。
何がいけないの!このままでは、お兄さまは結婚できない。それは我がオハラ侯爵家としても問題だから、回避しないと。
これはきっと妹のわたしにしか解決できない問題だ。
******
「ということで、殿下にも協力していただきたいの」
「また斜め上のことを言ってきたね、リーシア」
突撃したのは、お兄さまが仕えている第3王子のラルフの執務室。
こうして王城の彼の執務室へ気軽に訪れることができるのは、ラルフは従兄だからだ。彼のお母さまがわたしのお父さまの妹なの。お兄さまと同じ年で、14歳のわたしよりも5歳年上。小さい子供なんて面倒だろうに、いつも遊んでくれた優しい従兄だ。
今日はお兄さまが我が領地に出向いていて、こちらに来ていないことは確認済。
この日を選んで、ちゃんと突撃したのだから。
「だって、お兄さまが結婚できないと問題じゃない。素敵な人と出会ってもらいたいの」
「まだセシルは19歳だし、心配しすぎ」
のんびりとわたしの淹れたお茶を飲みながら、ラルフはそんな風に答える。
「のんびりしたら、あっという間にお爺ちゃんになっちゃう」
「……まあ、話は聞いてやる。何を協力して欲しいんだ?」
面倒になったのか、ラルフはわたしを説得するよりはと協力内容を聞いてきた。
「どうしてお兄さまがもてないのか、分析をしたいの!」
「は、、あ」
「問題を解決するには、問題を分析することが大事なんでしょ?」
わかったような顔をしてラルフに尋ねた。いつもお兄さまとお父さまの執務を覗いているから、ちゃんと知っている。領地の問題だって、ちゃんと問題を明確にして、原因を追究し、対策する、のだ。だから、これをお兄さまに当てはめれば、いい対策が出てくるはず。
ラルフは頭が痛そうにぐりぐりと米神を揉んでいる。
「間違ってはいない、間違ってはいないが……何か間違っている」
「だからね、殿下にはわたしの知らないお兄さまについて聞きたいの」
「うーん、それくらいなら」
渋々と言った様子ではあったが、同意は得られた。わたしは持ってきていた鞄から紙を取り出した。
「何だ、それ?」
「何って、今まで集めた情報よ?」
ラルフはぱっと私の手にした紙を取り上げると、やや真剣な表情で眉を潜めた。
「……すごいな、お前は」
「うふふ、だって大好きなお兄さまがもてるようになってほしいもの」
「ちなみに、今現在、お前が仮定している原因は?」
ラルフは時系列に様々な噂話を書き連ねた紙を読みながら、聞いてきた。わたしは胸を張って自信満々に答える。
「お兄さまはすべてに卒がなく、アクがなさ過ぎて、存在自体が派手な殿下の陰に隠れてしまう。つまり印象が薄い!」
「……それを聞いているとセシルがとてつもなく気の毒になる」
ため息交じりにラルフは嘆いた。褒めてもらいたかったわたしは思わず膨れた。ちゃんと令嬢たちの噂話を元にした結論だ。
どの令嬢たちも、ラルフのことを褒めてからお兄さまの話題に移って、それでいつものあれで閉めるのだ。
暗黙のルールなのかというほど、皆、同じ。
「殿下が派手すぎて、お兄さまの印象が薄いのは事実じゃない」
「そうなるのか?そうなのか?……まあ、少しは協力してやろう」
わたしの真剣さを理解したのか、彼は突然のように協力的になった。味方を得たわたしは嬉々として聞き取りを始めた。
ラルフからの聞き取りの後、新たに分かった情報を紙に書き込み、唸っていた。
「体臭もきつくない、香水のセンスも大丈夫、服装だって侍女たちが腕を振るっているからおかしくもない。話も聞き上手だし、時には無理のないアドバイスだってしてくれる」
これといった原因が見当たらない。ここに上げた内容だけでは見えてこないようだ。
「リーシア、ここに女性関係の項目が抜けているぞ」
「女性関係?女性にもてたいのだから、いらないんじゃない?」
「いらなくはない。項目があっていらないのなら、いらない理由を書け」
そんなものかと、素直に頷くと女性関係の項目を増やした。
「セシル、学園時代には毎日のように告白されているぞ」
「え?」
「あれだけ条件のいい男だ。嫁ぎたいと思う女は多かったはずだ」
首を傾げた。それなのに、何故それが継続されていないのだろう。
「殿下は何か知っているの?」
「うーん、知っていると言えば知っている。でも、言わない」
「そんな、ひどいわ!」
いきなり情報提供を拒否されて声を上げた。ラルフは意地悪そうな笑みを浮かべている。
「お前が自分でたどり着くべきものだろう?兄思いの妹君」
「それは、そうだけど」
「一つだけヒントをやる」
縋る様にラルフを見つめると、彼はニヤニヤしながら小さな声で教えてくれた。
セシルは絶賛片思い中だ。
それは恐ろしいほど破壊力の持った情報であった。
******
片思いの相手がいるというだけで、もてなくなるものだろうか。
ラルフの執務室から自室に戻ってきたわたしは、思いもよらない壁にぶち当たっていた。
例えお兄さまに思い人がいたとしても、略奪愛とか、横恋慕とか、色々仕掛けるのが好条件の結婚相手を狩る令嬢の使命なのだ。あさりと目配せをしてそれ以上の深追いはしないのは、肉食令嬢の狩るべき対象から外れてしまっているということだ。
それにお兄さまならその優しさと誠実な態度でいくらでも好きになってもらえそうなのに、それでも落ちない女性というのは誰だろう?
気になることも沢山あるし、もう一度噂話を見直して、まとめ直しかと思うと力が抜ける。
「リーシア、いる?」
部屋の扉をノックされ、返事をした。部屋に入ってきたのは、領地から戻ってきたお兄さまだ。
まだ風呂に入ったばかりなのか、少し髪が湿っている。部屋の中に入ってきたお兄さまをみて、ついうっとりしてしまう。
やっぱり、かっこいい。
お父さま譲りの金の髪に、お父さまよりも濃い優しい琥珀色の瞳。整った顔立ちをしているが、決して近寄りがたいものではない。どうして、世の中の令嬢はお兄さまに見切りをつけてしまったの?
「ラルフから連絡があったんだが、王城に行ったんだって?」
「えっと」
思わず視線をうろつかせた。ラルフを口止めしていなかったことを後悔する。下手すると、わたしが何をしているのかまでばらしているかもしれない。
「何をしに行ったの?」
「内緒?」
お兄さまの問いに、可愛く答える。お兄さまが目に見えて蒼白になった。
「リーシアが僕に秘密を作るなんて……」
なんだかよくわからないことを呟いているが、まあ、いい。こちらも聞きたいことがあるのだ。
「ねえ、お兄さま」
「ん?」
「お兄さまが片思い中の人って誰ですか?」
いつも穏やかな笑みを浮かべていたお兄さまが固まった。そして、すぐに舌打ちするとあいつは余計な事を、と呟いている。
そのいつもと違う態度に、ラルフの言っていることは本当なんだと理解した。逃がさない様に素早くお兄さまに手を伸ばす。
「教えて?」
「……秘密だ」
先ほど使った言葉を返され、顔が引き攣る。お兄さまはそっとわたしの手を外すと、にっこりと嘘くさい笑みを浮かべた。
「君がもっと大人になったら教えてあげるよ」
そんなセリフで逃げられた。
******
情報のまとめ。
お兄さまは絶賛片思い中である。
お兄さまの片思い中の相手を皆が知っている。
お兄さまの片思い中の相手は肉食令嬢が見切りをつけてしまうほど勝てない相手である。
妹のわたしには大人ではないということで教えてあげられない相手。
結論。
お兄さまは禁断の愛を育んでいる。
お兄さまの思い人は高位の男性である。
理由。
同じ女性だった場合、肉食令嬢が引くことはない。
禁断の愛であった場合、相手を皆が知っているにもかかわらず、名前を言うのが憚られるような相手。
禁断の愛というと、身分の高い既婚女性か、もしくは、不敬が問われるような高位の男性。
既婚女性が好きというのはちょっと違う気がする。だって、既婚であれば愛人関係を結ぶことだってできる。愛人関係となると、社交界で噂にならない方が変だ。
消去法的に、残るのは高位の男性。
「え、お兄さまの思い人って殿下?」
目の前が真っ暗になった。
教訓。
妹だからと言って、お兄さまの秘密は暴いてはいけない。