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第六節

 結局雪狐は売ったりはせずに、静かな場所を見つけて埋葬した。

 自分の命を救ってくれた友人を、売り物にする気にはなれなかったのだ。


 その代わりに、男のことを駐在に知らせた。


 初めは取り合ってくれなかった。

 別の大人に声をかけて洞穴まで連れて行き、証人になってもらう。

 すると駐在の態度も変わった。

 隣町まで飛んで行って、応援を大勢引き連れて戻って来た。


 春を待ってから大規模な山狩りが行われ、例の洞穴も発見された。

 その凄惨な光景に誰もが目を背ける。

 少女だった自分は、そんな大人たちをキョトンとして見ていた。

 大の大人のくせに何がそんなに怖いのだろう。


 人犬達は全てその場で処分された。

 連れて帰っても面倒を見ることはできない。

 もともと死んでいたことにするに限るのだ。


 銃を構えた猟師たちによってハチの巣にされる人犬達。

 処刑が行われているその傍で、別の人犬が流れ出ていた血潮をすすっていた。

 彼らにとって一緒に暮らしてきた仲間は食料でしかないのだ。

 なんとも恐ろしい。


 大男の死体は人犬によって食い荒らされていた。

 囮に使われていた一匹がたどり着いて糧としたのだ。

 少女と暮らした時の面影は、もはや残っていない。


 大人たちからはあれこれ質問攻めにされた。

 あまりに聞かれ過ぎたので、何を聞かれたのかいまいち記憶に残っていない。


 事件は大々的に報道され、全国各地の新聞社が取り上げた。

 前代未聞の連続猟奇殺人。

 それに加えて、口減らしのための子捨て。

 人々の興味を引き付けるには持って来い。

 人々は口々に事件のことをわめきたてる。

 少女は一躍注目の人となった。


 身寄りのない彼女に全国から寄付が寄せられる。

 治療費のツケを返して余りあるほどのお金を手に入れることができた。




 ☆




 一つ、疑問が残る。


 あの男は一体どうしてあんな残忍なことをしたのだろう。

 そもそも、山に籠りながら人を殺し、人を歪め、人を愛し続けたのは何故なのか。


 捨てられた子供をあんな風に醜く歪めたのは何故?

 餌として人の肉を与えたのは何故?


 その答えは無い。

 既に男は死んでしまっているのだから。


 少女は、こんなことを考えたことがある。


 あの男はもしかすると、育てた子供に逃げられたことがあって、それで逃げられない様に人犬にしてしまったのではないだろうか?

 だとすれば合点がいく。

 逃げられない様に、あのような醜悪な存在へと作り変えたのだ。


 それでは、山に入った人間を殺して餌にしていたのは何故?


 これに関して理由は分からない。

 あの男が殺戮を好む性癖があったから、としか思えない。

 雪狐を守るため……という風にも考えることはできる。

 死肉の処分を人犬に任せていただけで、人を殺すことは目的ではなかった?


 だとしても、少女に優しくした理由が思い当たらない。

 なぜあの男は自分だけに優しくしたのだろう。


 もしかすると……

 母親に捨てられた話をしたから、かもしれない。

 あの男は少女に共感をしたのだろうか?


 考えても答えは出ない。

 既に男は死んでいる。


 少女は雪狐の為に作った墓に手を合わせる。

 石屋に頼んでそれなりに立派な墓を作ることができた。


 彼のおかげで守られていた雪狐は、その思いに反して少女を守り、命を落とした。

 仮に彼が雪狐を守ろうとして人間を殺していたとしたら、何という皮肉だろう。

 雪狐は、自分を守ろうとした存在を害し、捕らえようとしていた存在を助けたのだ。


 人の思いは伝わらない。


 ましてやケモノの類に理解できるはずも無し。

 感謝などするはずが無い。

 男の一方的な片思いだったのだ。


 もしかすると……母は何かを伝えたかったのかもしれない。

 幼い時分にはそれが理解できなかっただけなのだろうか。

 捨てられたと思っていたがそれは違うのだろうか?


 考えても答えは出ない。

 母はもういない。


「小春、もう行こうか」


 共に来ていた夫が少女に声をかけた。

 その腕には生まれて間もない幼子が抱かれている。

 少女はもう、少女と呼べる歳ではなくなっていた。

 夫婦となって子を孕み、子供を産んだのだ。


 こうして幸せになれたのも、全てこの雪狐のおかげ。


 この子がいなければ、この幸福は手に入れることが出来なかった。


 今でも思い出すのは……あの時のこと。

 雪狐に銃口を向けたあの瞬間。

 引き金にかけた指が、チョットだけ重くなったのを感じた。


 あの時、父が思いとどまらせてくれた。

 雪狐を撃ってはいけないと。

 そう伝えようとしていたのかもしれない。


 小春は家族と共に墓を後にした。

 春の日差しが、まぶしく照りつけている。


お読みいただきありがとうございました。

感想やご指摘などいただけると、大変うれしです。

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