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第四節

「なんだこれ……何なんだよこれは!!!」


 青年は叫ぶ。

 少女はガタガタと体を震わせて立ち尽くすだけ。

 何もすることが出来ない。


「どうしたんですか!?何かあったんですか!?」

「何があった!?白々しい!!!俺をここまで連れて来たのは罠だったんだな!?」

「え?罠!?知らないよ!どういうことなの?!」

「嘘つけ!!この近くに住んでるって言ったよな!?知らない筈無いだろう!?」

「確かにそうだけど……そう言ったけど!!!」


 正気を失いかけた青年は、猟銃をまっすぐに少女へと向ける。


 何か彼を落ち着かせるようなセリフは無いか。

 どう言えば誤解が解けるのだろうか?

 何も思い浮かばない。

 ……このままでは!


「あっ!!!待て!!!」


 少女は逃げることを選択した。

 踵を返して雪が降り積もる山の中をかけていく。


 暫くすると、銃声が聞こえた。

 青年が引き金を引いたのだろう。

 もう説得には応じてくれそうにない。

 彼が大男を見つけたら問答無用で引き金を引くかもしれない。

 だとしたら……どうすればいい?


 このままあの青年に大男が殺されるのを待つ?

 そんなの嫌だ!


 ならば、答えは一つ。

 戦うのだ。


 少女は住処の洞穴へと戻り、父の形見である銃を手にする。

 銃さえあれば条件は同じ。

 先に引き金を引いて弾丸を命中させれば……


 おや?


 ここでようやく気付いた。

 銃から弾丸が抜き取られていることに。

 一体どうして?


 多分、大男が弾丸を抜いたのだろう。

 雪狐を撃たれないように。


 なるほど、ならば抜き取った弾丸はどこへ?

 洞穴の中を探し回っても見つからない。

 もしかしたらどこかへと捨ててしまったのかもしれない。


 大丈夫だ。

 弾ならある。

 お守り代わりにしていた弾丸が二発。

 この二発であの青年を倒すしかない。


 少女は銃に弾を込める。

 と同時に、腹も決める。


 あの青年を殺して、自分の生活を守る。

 少女は揺るがぬ決意を胸に、先ほどの洞穴を目指して雪山をかけて行った。




 ☆




 洞穴が見えて来た。

 物陰に隠れて様子を伺う。

 先に見つけられたら圧倒的に不利になってしまう。

 弾は二発しかない。

 何としてもその二発で敵を殺すのだ。


 見ると、洞穴の入り口からは足跡が続いている。

 一つは自分のもの。

 もう一つは青年のもの。


 青年の足跡は途中までは少女を追っていた様だが、途中で別の方向へと進んで行ったようだ。

 追うのを諦めたのか、あるいは別の目標を見つけたのか……


 そんな……いけない!!!


 慌ててその足跡を辿る。

 自分以外の目標と言えば、あの大男しかいないじゃないか。

 彼を見つけて青年は私を追うのを諦めたんだ。

 早くしないと……早くしないと!!!


 息を切らせて疾走する少女。

 足跡を踏みつける様にして雪道を進む。


 すると、開けた場所に出て……


「あれ?足跡が……消えてる?」


 その場所で足跡が途切れていた。


 足元は新雪が踏み固められ、氷のようになっている。

 これでは足跡は残らないだろう。


 このまま見失ってはまずいと、少女はあたりを見回す。

 すると……足跡ではなく、別の物を見つけた。


 赤い斑点。

 即ち血痕である。


 白い地面に、零れ落ちた牡丹のようなシミを作っている。

 それが血でなければ何なのであろう。

 まさか絵の具がこんな山の中にあるはずが無い。


 血痕は点々と続いており、それを辿って行くと……今度はまた別の洞穴が。

 恐る恐る中を覗くと、血の道しるべは更にその奥へと続いている。

 青年を追うにはこの洞穴を進むしかない。


 しかし、明かりが無い。

 足元を照らさなければ歩くことも出来まい。


 ではどうするか?

 考えても簡単に答えは出ない。

 少女が困っていると、後ろから何かがぶつかって来た。


「ひゃうぁ!?」


 ちょうど膝関節を後ろから押された形になり、しりもちをついてしまう。

 一体何がぶつかって来たのか。

 その正体を、頬に感じる生暖かい感触が教えてくれた。


「ちょっと!さっきの子ね!?顔を舐めないで!」


 先ほど罠から解放した雪狐がじゃれて来たのだ。

 親し気に少女の頬を嘗め回している。


 助けてあげたことで、懐かれてしまったようだ。

 その罠を置いたのが当の少女だとは気づかずに。

 なんとも皮肉である。


 その思わぬ助っ人は、思わぬ力を発揮した。


 雪狐が洞穴へと入ると、壁がボンヤリと青白く照らされているのが分かる。

 どうやらあの体からは光が発せられているようだ。

 明かりにするには少々心もとないが、足元を照らすには十分だ。

 洞穴の奥へと進むことができる。


 少女は雪狐を引き連れて洞窟の中へ。

 おっかなびっくり銃を構え、自分の視線と同じ方向にいちいち銃口を向けている。

 何が出てきても、いつでも引き金を引けるように。

 目を凝らして前を睨みつける。


 注意が前に向くばかりで、背中ががら空きなのはご愛敬。

 彼女は前に進むことしか考えていない。


 暫く洞穴を進むと、何やら足元に妙な感触。

 どうやら何かを踏んづけてしまったようだ。

 雪狐の明かりで照らしてみるが、それが何なのかよくわからない。


 細長い管状のもので、それが地面に転がっているのだ。

 地底に住む大ミミズだろうか?

 にしては全く動こうとしない。


 少女は気持ち悪くなって、その正体が何か探るのを止めた。

 青年を見つけることが最優先。

 今は謎の生き物に構っている時間は無い。


 更に奥へ進むと……広い部屋に出た。

 部屋は小さなランタンで照らされていて、そこに何があるのか一目瞭然。

 故に、少女はそのすさまじい光景をまざまざと見せつけられてしまう。


 部屋の中央には大きな丸い形をした岩が。

 その上に青年が体を横たえている。


 来ていた服は剥がれ全裸にされた青年は、明らかに命の灯が消え去っている。

 腹は十文字に切り裂かれて、中身が傷口からはみ出ていた。

 床には引きずり出された腸と思われる物体が転がっている。

 さっき大ミミズだと思っていた物はこれだったのだ。


「うううううう……!!!!うぐうううううう!!!」


 あまりの光景に、嗚咽を漏らす。

 こんなに酷い死に方をした人を、今まで見たことが無い。


 一体誰がこんなことを?

 答えなら既に出ている。

 やったのは……


「おめえさん、見ちまったんだな」


 奥からのっそりと大男が姿を現した。

 その手には血のりがべっとりと張り付いた鉈が握られている。


「どうして……どうしてこんな酷い事を!?」

「酷い事?自分の命を守ることが酷い事か?

 コイツは俺のことを殺そうとしたんだ、殺されても文句は言えない」

「だからって、死んだ人間を解剖するなんてひどいよ!」

「ああ、そう言うことか……これにもちゃんと訳があるんだ。

 むやみやたらにバラバラに切り刻んだんじゃないぞ」


 一体何の目的で?

 まさか……


「その人を……食べるの?」

「いいや、俺は食べないよ。食うのはこいつ等さ」


 大男は指笛を吹く。

 それに呼応するように、洞穴の奥から無数の足音が聞こえて来た。

 人の足音ではない。

 獣の足音。


 それは……


「な……何よそれ!!!」


 それは獣の形をした人間だった。

 四つん這いになって歩くそれは、人の動きとは全く異なる動作で歩行している。

 顔は歪でとても醜い。

 あまりの醜さに、それを人だと初めは認識できなかった。


 そんな生き物が無数に這い出て来て、仰向けに寝かされている青年の亡骸へと集まっていく。

 これからどんなことが行われるのか、少女は既に理解していた。


 彼らは食事を始めた。

 やわらかい腸を貪り、体の中に納める。

 ある物は青年の腹に直接顔を突っ込んでいた。

 その、あまりに悍ましい光景に、言葉を失ってしまう。


 大男は不気味に口を釣り上げて、真実を告げるのであった。


「こいつ等は捨てられた子供だよ」

「捨てられた?どうして?」

「どうしてって……そりゃぁ、食うもんに困って赤ん坊を山に捨てに行く。

 なんてのは、良くある話だろう」

「でも、どうしてそんなに風になるの?そんなケモノみたいな……」

「ああ、コレは俺がこう育つように仕向けたんだ」

「……仕向けた?」

「腕と足を切り落として犬みたな形にするんだよ。

 そうすると、大きくなっても立って歩けないから、こう育つ」


 男は鉈を振り下ろして、足を切り落とす仕草をして見せる。

 まるで自慢話でもするかのように、男は意気揚々としていた。


「どうして……どうしてこんなことを?」

「どうしてって……うーん……なんでだろうな?」

「自分でも分からないの?」

「人の身体を弄繰り回すのは楽しいが……どうして楽しいかなんて考えたことはない。

 俺はずっと一人だったからなぁ」

「ずっと一人なのに、ちゃんとお喋りは出来るのね」

「この山に入った猟師や賞金稼ぎなんかと話をしていたからな。

 全く話せない訳じゃ無いぞ」

「その人たちはどうなったの?」

「こいつ等の餌が人なんだ、その先は言わなくても分かるだろう?」


 男はそう言って鼻を鳴らす。


 つまり……こういうことだ。

 雪狐の噂を聞いて山に入って来た猟師を、男は言葉巧みに誘い出して殺す。

 その死体は彼が拾い集めた人犬に餌として与える。

 所持品は没収して山での生活に役立てる。


 雪狐は、捕らえようとする猟師が死んでしまうので捕まえることはできない。

 その存在は幻として知られるようになり、さらなる犠牲者が雪狐を求めて山に入る。


 簡単に罠にかかるような獣が伝説となったのはこういうカラクリがあったのだ。


「私は……私はどうなるの?」

「そう心配するな、おめぇさんはもうある程度大きいから。

 コイツ等みたいに作り直すつもりはない。

 雪狐を捕まえねぇって言うなら、乱暴したりするつもりも無い。

 それに……おめぇさんはめんこいからなぁ……壊すのには、ちと、勿体ない」


 男は、そのギョロリとした瞳で少女を舐める様に眺める。

 品定めでもするかのように……


「おめぇさん……もう少しで体が大人になるだろう?

 そうなったら……俺の嫁になってくれぇ。

 嫁になって俺の子を孕んでくれぇ。

 旨いもん一杯食べさせてやるから……な?」


 自分の胸に刺さるような視線を感じ、ぞっとする。

 今まで一緒にいてもなんとも思わなかった。

 だが今は、その男から醜悪なものを感じ取っている。


 嫌だ……絶対に嫌だ!

 こんな男と契りをかわす何て!


 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!!

 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!!

 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!!


「ほら、銃なんて下せ……その銃には弾なんて入ってないぞ」


 男は銃を取り上げようと手を伸ばす。

 …………が。


 弾けるような音が洞穴内に響き渡る。

 男は自分の身体を貫いたそれが、弾丸だと気付くまでに時間がかかった。


 どうして?何故?

 弾は確かに抜いておいたはずなのに……


 弾丸に貫かれた腹部からは、湧き水のように血が噴き出している。

 傷口を手で押さえながら辺りを見渡すが、少女の姿は既に無かった。


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