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2016年/短編まとめ

いつか死ぬ、その日まで

作者: 文崎 美生

「何で生きてるの?」


ぽかぽか陽気の午後。

実にいい休日だと、ふかふかのソファーに体を沈めながら、ニュースを聞き流していたら突然、そんなことを聞かれた。


隣を見やればマグカップを両手で包み込むようにして持った私の彼氏が、真顔で私の顔を覗き込む。

本気で疑問に思ってます、って顔だけれど、それは私に死ねと言っているのだろうか。


「死ねと?」


「そうじゃないけど」


ゆらり、マグカップから流れ出ている湯気が、彼の溜息で大きく揺れた。

ここで死ねって言われても困るからいいんだけれど、そうなると何が言いたいのか分からない。


じっと彼を見つめて言葉を待てば、私の視線に耐え切れなくなった彼は、マグカップの中に視線を落とす。

飲めもしないコーヒーが入っているけれど、飲む気はあるんだろうか。

全然減る気配を見せないが。


「何で、生きてるのかな、って」


もそもそぼそぼそ、独り言のように言う彼に、私は唸りながら髪を掻き上げた。

同じ質問しかしていないし、私の疑問に答えていない。

それでも二度も言われると、何となく意味を咀嚼出来てしまうから不思議だ。


彼が聞いているのは、何故私が今まで自殺や自傷行為をせずに、ここまで生きてきたのか。

ただそれだけだ。

純粋な疑問なのか、そこは知らないけれど。


「生きてる意味は分からないけど。生きてるから、生かされているから、生きてるよ」


例えば何かの本とかテレビ番組とかで、生きている意味を探すために生きている、なんて書いてあったり言っていたりするけれど、それって結局答えになっていないと私は思うんだよね。

生きている意味なんてまともにないと思う。


強いて言うなら、生き物として、人間という種族を絶滅させないために次の世代を生み出すこと。


少なくとも私は生きる意味なんて求めていない。

産み落とされて、今の今まで死に直面することもなく生きてきた。

だから今日も今も生きている。

死ぬ時は死ぬのだから、人生諦めも肝心だ。


生きている意味とか、生まれてきた意味とか、結局は自己満足のためのこじつけで後付け。

だから考えなくてもいいし、考え始めると答えなんて出てこない。


「ふぅん」


自分から聞いておいて、興味なさそうに目を細めた彼は、持っていたマグカップを私に押し付ける。

もう湯気の立っていないそれは、完全に冷え切っていた。

ちょっと待って、一口でも飲んだ?


「……じゃ、聞かせて。生きている意味」


私だけ言うなんて不公平じゃない?と首を傾けながら言えば、わざとらしく眉を寄せる彼。

何度も言うようだけれど、自分からその話題を振ってきたんじゃなかった?


私は彼の答えを待ちながら、冷め切ったコーヒーを啜る。

冷めたコーヒーは正直に言って、あまり美味しくはなかった。

飲めないなら入れるなよ、もったいない。


「……お前と心中するためだけど?」


何か問題でも?と続きそうな言葉に、飲みかけのコーヒーを吹き出しそうになる。

ごふっ、と変なところに入りそうになって噎せている私を見下ろす彼は、何を考えているのか分からない。

死んだ魚の目みたいな、光のない目で私を見ている。


口の端から溢れるコーヒーを、ティッシュで拭いながら、マジですか、と私。

マジですけど、と彼。

真顔でローテンションで話し合うようなもんじゃないんだけどなぁ。


「心中したいの?」


「うん。だから、しよ」


恋人同士の「しよ」ってもっと、こう、艶っぽい色っぽい雰囲気のものなんじゃないだろうか。

いや、別に彼とはそういうのともして来たが。

この「しよ」は、完全に心中だ。


「生きてるから生きてるけど、死にたいとまでは思ってないかな」


「……俺は一緒に死にたい」


プロホーズみたい、なんて考えながら、マグカップに残っているコーヒーを飲み干す。

ゴクゴクと音を立てる喉を、彼が恨めしそうに見ているが気にしない。


「まぁ、いつか死ぬために生きてるとも言えるよねぇ」


真っ黒なコーヒーは、彼のお腹の辺りに溜まっているそういう思いと似ているのかな。

にっこりと笑いかければ、唇を尖らせた彼が私に寄り掛かってきた。

まぁ、今日も二人、生きてます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 生きる意味は私もわかりません。 [一言]  死ぬ間際になると生きたいと思うのでしょうか。
2016/01/13 18:51 退会済み
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