嘘の星
「どんな記憶も時が経てば変わっていくんだ。それが人から聞いた話なら尚更ね。」
青年は手のひらに乗せた桜の花びらにふっと息をかけた。
ひらひらと舞っていく桜の色は薄桃色にも白色にも見える。
「今も残っているのかな。君は信じる?桜の愛。」
ふと、辺りに舞っていたのは桜ではなく雪だということに気がつく。辺り一体を覆い尽くす暗闇の中、雪はきらきらと白銀色に光っている。
「夜が来たね。」
青年は空を見上げ、言った。
白銀色に光る雪ははまるで星のように見える。
「全ては曖昧なんだ。もしかしたら今見ているものだって見る角度を変えただけで全く別のものになるかもしれない。」
ボクは辺りの景色をよく目を凝らして見た。
暗闇は雪が生み出すようで、夜の闇。雪は星のようで、星は桜のようにも見える。
「何が本当なの?」
「本当なんてないさ。それは君の中にあって、君の考えようによってすぐに形をかえてしまうからね。」
それから青年は本を開いた。
ぺらぺらとページを捲り、言う。
「今日みたいな夜は、嘘の話でもしようかな。」
―
素直でいた少女は、いつしか嘘つきな人たちに「嘘つき」と呼ばれるようになっていた。
素直な少女はいつだって自分の意思をそのまま伝える。しかしそれは周りに溢れる多くの意思とは逆の方向へ進むものだから、それを嘘だと人は言う。
「私が話せば皆口を揃えて言う。嘘をついてはならないと。」
少女からすれば何が悪いのか分からなかったのだが、口を開けば誰かが怒る。しまいに少女は、正当化された真実の前に黙ってしまう。
ある夜。少女が本を読んでいると、こんこんと扉をノックする音が聞こえてきた。
こんな時間に何だろうと思いながら扉を開くと齢十も満たない幼子が立っていた。
「遊ぼう!」
幼子はただ一言、そう言った。
少女はまるで夢の中にでもいるような気分になり、頷く。
幼子に導かれるまま外へ出て遠くの山へ行って空を眺めた。
澄んだ空にはきらきらと星が光っている。
幼子は楽しそうに星の話をした。幼子はとても物知りで、幼子の話すどの話も少女の知らないものだった。
星を眺める時間はとても楽しいものであったが、それでも少女は口を開くことはなかった。
そうして夜が更けて少女は家へと帰って安らかに眠る。
それから幼子は毎晩少女の元へとやって来た。
その度少女は外へと出かけて一緒に遊ぶ。
ある日幼子はなぜ喋らないのかと少女に聞いた。
少女は戸惑った。なぜと聞かれても少女は喋れないからだ。
すると幼子は言った。
「君は喋れるはずでしょう。」
それでも少女は喋らない。
幼子は焦れったそうに言葉を続ける。
「僕は本当を知りたいんだ。嘘に包まれた本当じゃなくて、本当の『本当』を。」
(でも私の言葉は本当じゃないって皆が言うんだ。)
「本当の本当は隠されちゃうんだ。ほら、あの星のようにさ。あれは『嘘の星』って言うんだ。あの星、目立たないでしょう?でも何よりも綺麗で美しく光っているんだ。」
確かにその星は少女の目に、他のどの星よりも美しく映って見えた。
少女は本を閉じ、口を開いた。
「ありがとう。」
あの星のように美しく輝きたい。
そう思った少女は素直な言葉を口に出した。
そうして星が綺麗な夜、少女は本を持って外へと出かけた。
星がよく見える場所で本を開き、空を眺める。
「私はきっと、君が求めた本当を持っているから、これからそれを君に教えてあげる。」
そう言って微笑む少女が開いたページには美しく光る『嘘の星』が描かれていた。