第八頁 【有耶無耶 ②】
――デートって……。
「こういうことか」
【帝都陸区】の【小町通り】と呼ばれる商店通りまで連れてこられた桃矢は一軒の洋服店の前でなぜ自分が呼ばれたのかを理解した。
探偵社を出て数時間程だがすでに両手には買った物の入った手提げ袋、箱がいくつもかかっている。
「赤嶺さん、逃げやがって……」
――悪い悪い
「悪いって思うなら手伝ってくださ……え?」
思わず答えてから周囲に知り合いがいない事に気づく。
――俺だよ、俺。
オレオレ詐欺のような文言におもわず牡丹に振り回された疲れで幻聴でも聞こえだしたのかと錯覚する。
――安心しなって、オレオレ詐欺でも幻聴でもないから。さっき会ったじゃん?
「あ、赤嶺さん!?」
――正解!赤嶺徹でーす
「な、なんで!?」
そう叫んで通行人の訝し気な視線に気づいて声のトーンを落とした。
――俺の事、姐さんに聞いたでしょ? 俺の異能は【以心伝心】――基本は読心術だけど限定すればテレパシーも使えるの。あ、だから頭で考えればわかるよ
「あ、はい!」
頷いたところで店のドアが空いて牡丹がまた新しい袋を抱えて満足そうに出てきた。
「桃矢。次いくよ、次!」
再び荷物は桃矢にまかせて歩き出す。その様子はとても幸せそうだ。
(縁さんって、毎回こんなに買い物してるんですか)
――非番の日にこうやってストレス発散してるんだよ。毎回こうやって買って、疲れたら【猫の目】行って清子ちゃんと長話するのがいつものパターン
(なるほど……)
そこからしばらくは徹が話し相手になって大分待ち時間も良くなった。
徹も性格が気さくで歳も比較的近いのですぐに打ち解けられた。
(徹さんってなんで探偵社に?)
――うちは兄妹多くてさ。お前まで養っていけないって強制的に追い出されて路頭に迷ってたところを姐さんに拾われてここで働いてる。
(だから姐さんですか)
――俺、長男だからな。年上に憧れてるってのもある
(へぇ)
――桃矢は?
(俺は兄が一人。櫻って言って俺よりもずっと優秀な奴が……。なにかと助けてくれるんですけど)
――へぇ、いい兄貴じゃん。今は?
(……)
――桃矢?
(お屋敷で火事があってから、行方不明です。……火事に巻き込まれて死んだかもしれません、ね)
――……悪い
失言に思わず謝るが桃矢は空気に堪え兼ねてわざと明るく言う。
(気にしないでください! ってか、徹さんも来て手伝ってくださいよ)
――それは無理。
話をそらす話題でそう言う。が、返事は即答だった。
(なんで!この流れのおわびに手伝うぐらいいいじゃないですか!)
――理由。姐さんの買い物つき合ったらそれだけで依頼三件分ぐらい疲れるから
(つらい……)
――探偵社の男は姐さんには逆らえないからな……
徹の達観したような言葉に苦笑する。
もしかして、紅魅さんの言ってた縁さんが一番強いってこういうことか……、とか考えているところで再び嬉しそうな牡丹が戻って来た。
「あ、もう5時半ね……。ちょっと疲れたし清子ちゃんとこいこうかね」
ようやく終わる!
そう思ったところで今の牡丹の台詞に引っかかる部分がある事に気づく。
――この間の病院の外壁とか器物破損の事で6時に当麻先生が顔出せって
「い、今5時半って言いました!?」
「え。言ったけど……」
桃矢の顔が青ざめる。
「お、俺。当麻先生のとこ行かないと!」
今いるのは陸区。目的地である当麻医院があるのは玖区のさらにはずれだ。徒歩ならまず無理。タクシーなどを利用すれば間に合わない事もないが――。
「なに約束?」
「えぇ、まぁ……」
――大地さんの器物破損か。また派手にやったな、あの人
(そういうなら、教えてくださいよ!)
心の中で抗議した横で牡丹がため息をついた。
「仕方ないね。じゃあ、アタシが送ってあげるよ」
「ホントですか!お願いします!」
――ば、馬鹿!やめとけ!
桃矢が言うと慌てたような声で徹が止めにかかって来た。
「え?なんで」
思わず聞き返すと牡丹が不敵な笑みを浮かべた。
「さっきから時々変な気はしてたのよね」
「え?」
「徹。盗み聞きはいけないんじゃない?」
――げ
徹の動揺から通信まで乱れた。
「罰。桃矢のこと送っていくからこの荷物持ち帰っておくれ」
__そんなぁ
「よろしくね」
笑顔と有無を言わせぬ言葉にしばし沈黙。
だがとりあえず取りには来るつもりだろうというのは伝わって来た感情でわかった。
「来るみたいです」
「よろしい!」
満足そうに微笑むと今出てきた店に戻って買った物を預かってもらった。
「でも、どうやっていくんですか」
「普通の方法じゃ、間に合わないだろ?」
「え、じゃあ。どうやって――
桃矢の言葉は目の前の光景を見て途切れた。
牡丹の両腕から黒い毛が生えたかと思うとみるみる膨らみ両腕が巨大な黒い翼に変化したからだ。
黒いタイツをはいていた足も気がつけば強靭な鳥の足へと変わっている。通行人も驚いてこの状況を遠巻きで見ていた。
「え、あ。れ?」
目の前で両手両足が鳥に変化した彼女に混乱して言葉が出てこない桃矢を気にせず牡丹は両腕であった翼を何度か羽ばたかせるとフワッと浮かんだ。
そして桃矢の頭上まで舞い上がると問答無用で肩を掴んだ。
「ち、ちょっと!縁さん!」
――御愁傷様。
合掌でもしていそうな徹の声が入って来た。
「あ、と、徹さん!なんですかこれ!」
――姐さんの異能――――【烏合之衆】
「う、烏合之衆?」
__簡単に言えば鴉に変化する能力だ
「鴉って、」
__まぁ、姐さんが飛ばせばすぐだよ。ただ――
ズシッとした肩への衝撃とともに桃矢の身体が浮かんだ。
__姐さん、スピード狂で飛び方荒いから酔うなよ
「え!」
抗議する前に糸の切れるような音がして徹の返事は聞こえなくなった。
「当麻医院でしょ? 5分かからないから」
嬉しそうな牡丹と正反対に桃矢の悲鳴が響き渡った。
■□
「頑張れ、桃矢」
異能を解除した桃矢は、自分も牡丹に運ばれたときの吐き気を思い出して青い顔になりつつも同情する。
「なに、桃矢くん縁さんに運ばれてるの?」
お茶を啜っていた潤が聞いた。
「あぁ」
「縁さん飛び方荒いからねぇ」
「徹一回吐いたよね」
「うっさい、最初だけだろ!」
徹が噛み付いた時、再び事務所のドアがあいて鷹人が入って来た。
「あ、バカヒト!」
「開口一番失礼すぎない。俺一応先輩だからね」
「仕事もしないでサボリですか、狗木先輩」
「潤ちゃんも容赦ないね」
「今日は鷹人、探偵社で待機組でしょ?てっきりいると思ってたのに」
ようやくまともな声がかかる。
「んー、ちょっと空ちゃんに調べもの頼んでてさ」
「空? あぁ、狗木さんが使ってる情報屋ですね」
「なに調べてたんですか?」
「ちょっと、桃矢くんの事について……ね」