第六頁 【嚆矢濫觴 ③】
「なんで、たかが喧嘩の仲裁に言って軍警が出てくるような乱闘騒ぎにまでするかな。お前ら」
「……すいません」
病院の前で正座させられた桃矢と創平、鷹人は、迎えに来た修兵を前に縮こまっていた。
あのあと、あまりに騒ぎが大きくなったので、近くを通りがかった軍警が駆けつけ、男達は一人が逃走。四人は無事につかまった。逃走犯はまだ見つかっていないらしいが、捕まるのも時間の問題だろうと言う話だ。
依頼である仕事も無事に片付き、すぐに帰れるのかと思われたのだが。
「器物破損に過剰防衛。犯罪者だからって、事情聴取の前に病院行かせなきゃいけないような怪我負わせるな」
「俺じゃないんですけど」
「テンションあがってやりすぎだ」
「修ちゃん、俺は見てただけ何だけど」
「止めなきゃ同罪。あと二度と修ちゃんって言うな、バカヒト」
創平と鷹人の文句を一刀両断する。
「まぁ、初仕事の桃矢は仕方ないにしても」
「差別だ!」「格差だ!」
「黙れ!」
わーわー喚く二人に一括する。殺気を帯びた言葉に二人は大人しく黙ると姿勢を正す。
「そして、一番の問題児はてめぇだぞ!」
イライラした修兵の矛先は、そばにたっている張本人に向かった。
「病院の周りでは静かにって言うだろ?」
穏やかな声でサラッと言われ、あまり反省の気配がない大地に、修兵のこめかみに青筋が浮かんだ。
「お前……」
再び雷が落ちる予兆を感じた桃矢はそっと修兵のそばからはなれた。鷹人もジリジリと距離をとる。
「け、けど。この界隈で大地さん見て拳銃出してくるやつらが悪いっすよ」
ヤバい空気を感じてあわてた創平のフォローに軽くため息をつく。
「まぁ、確かにな……」
「過程はどうあれ、俺はあいつらが帰ってくれれば問題ない」
わきで聞いていた当麻が煙草の煙を纏いながら言う。それでも病院の修理費の請求書はちゃんと渡された。
「じゃあ、さっさと帰れ!俺はハニーとの電話の時間だ」
仏頂面に似合わない単語にとまどいながら、桃矢たちは建物の中に消える当麻を見送った。
「ハニーって?」
思わず創平に尋ねたが建物の開いた窓から漏れて来た声で納得した。
「もしもし、ハニー♪今昼休みだよねぇ……
今までの無愛想な対応からは想像もつかない甘い声が聞こえて来て、呆気にとられる。
「当麻先生、ことあるたんびに彼女と甘すぎる電話してんだよ」
驚いている桃矢に気づいた修兵が説明してくれる。
「けど、実際疑ってますけどね。俺。あの人と上手くやってける女の人がいるとも思えないっすよ。当麻先生の妄想の彼女ってのが有力説」
「かなしいですね……」
なんだが空気が重くなったところへ制服を着た男が二人近づいて来た。
「相変わらず厄介事起こしやがって、お前らは……」
呆れた声の主は五十代後半に見えるがたいの良い男だった。騒ぎを聞きつけてやって来た軍警の男の一人だ。
その男を見て修兵の顔に露骨に嫌な表情が浮かんだ。その表情に気づいた男はニヤッと笑うとガスガスと修兵の肩を叩いた。
「よぉ、久しぶりだな」
「大貫……」
「大貫さんだ!年上に対して敬意みせろっての」
「あんたは敬意を示す程の人じゃないんで……」
「この……」
軍警相手とも思えない挑発的な言葉に見ているこっちが不安になる。
「い、いいんですか。軍警相手に」
「あぁ、大丈夫。修ちゃん。元々軍警だから」
鷹人の言葉に驚いたのは言うまでもない。
「は!?」
「まぁ、とりあえず今日の仕事はこれでおわり!初仕事帰りに【猫の目】で涼んでこうよ。奢るから」
「おぉ!賛成っ!」
清子に行くと約束していた創平は歓声を上げた。
「大地さんは?行きます」
「俺は今日非番だからな。静かになったし、行ってこいよ」
勝手に話を進める鷹人の横で桃矢はさきほどの重大発言についていけず、まだもめている修兵と大貫に軽く会釈するとあわてて歩いていく二人の後をおった。
■□
「で、あの。園村さん、軍警なんですか」
「うん。元だけどね」
喫茶店【猫の目】の窓際の席に腰掛けながら鷹人がいった。奥からウエイトレスの清子がスッと出てきて水を置いてくれる。
「ありがとう、きよちゃん。珈琲2つとクリームソーダね」
「あと、フレンチトーストお願いします!」
鷹人と創平の言葉に軽い会釈で答えてカウンター裏に入る。
「でもなんで軍警の人が街の便利屋なんかに……」
「せめて探偵って言って。それだけでかわるから」
「は、はい」
「修ちゃんは社長がスカウトしたんだよ。うちの古参の大半は社長が気に入って引き抜いた人だからな。軍警でも優秀だったから」
「軍警の犯罪部ですか」
軍警の主力であり犯罪者を取り締まる部をあげたが鷹人は首を振った。
「ううん。隠密部とかいういかがわしい部署」
「隠密部?」
聞いたこと無い部署に首を傾げる。
「あんまり合ってる感じしないっすよね。園村さんなら現場でビシバシ犯罪者捕まえてそうなのに」
創平の言葉に頷く。
修兵が制服を着て犯罪者を連行している姿はすぐに想像出来る。隠密と聞くと隠れてこそこそ動くスパイのようなものを想像するが、修平がそうしてる姿は出てこない。
「まぁ、その力はあるだろうけど、どっちかっていうと異能の方で選ばれたんじゃない」
「園村さんの異能ですか?」
「そ」
「そういえば。修兵先輩ってどんな能力なんすか?」
創平がそんなことを聞いたので桃矢が驚いた。
「え、知らないの?」
「その話すると修兵先輩すっごい不機嫌になるんだよ。仕事でも異能使う場面にあったこと無いし」
「異能なしでもそこらへんのチンピラ連中なら片付けられるからね。修ちゃん」
ちょうど清子が持って来たクリームソーダを見て受け取りながら答える。
「修ちゃんの異能面白いと思うけどね」
「……狗木さんは知ってるんですか?」
そろそろと尋ねる桃矢を鷹人は不思議な笑顔で見かえすと、もったいぶるようにひと呼吸おいてから口を開いた。
「知ってるけど、言わない」
「なんでっすか!」
期待していたのか創平も抗議の声をあげる。
「話したってバレたらすっげぇ怒られるし、知らないままってのも面白いじゃん」
完璧に楽しんでる声だ。
「ちょっと!」
詰め寄ろうとしたが丁度良く鷹人の携帯電話がなった。
「おっと、電話だから失礼。 やっほ~、空ちゃん。調べといてくれたぁ?」
驚く程軽い声で席を外した鷹人を見送りながら、桃矢と創平はあきらめて席に着いた。
「まぁ、とりあえず。初仕事お疲れ」
「お疲れって言われる程働けてないよ……」
「はじめはみんなそんな感じだよ。俺のときは喧嘩の仲裁って言われて抗争並みの銃撃戦になったから」
「おぉ……」
昨日なら冗談だと笑いとばしたかもしれないが、今聞くとそういう事態になってもなんら不思議ではない仕事なんだと思い知らされた。
「はじめは先輩について仕事の慣れるのが新人の仕事みたいなもん」
「でも、俺。異能……」
「いったろ。園村さんだって異能使わないでやってるんだし。できない仕事じゃない」
はげますような台詞に桃矢の表情も落ち着いた。
「にしても、今日の連中。大地さん見て拳銃出すとか。絶対ここらへんの奴らじゃネェな」
「当麻先生に用みたいだったけど……」
「なんだったんだろうな」
そういう二人にフッと影が落ちた。見上げると色素の薄い茶髪の青年が笑顔を向けていた。
「教えてやろうか?」
■□
「で、俺に喧嘩ふっかけて来た本当の理由はなんですか」
「喧嘩ふっかけて来たのはどっちだ、このやろ」
修兵の台詞に大貫は一人愚痴るがが肝心の修兵には無視されため息をついた。ここで噛み付いても話が長引くだけだ、と言い聞かせ本題を切り出した。
「今日お前らが捕まえた。あいつらだ」
「?」
「東郷の顔をみて喧嘩売るような奴、この地区にゃいない」
「知ってますよ」
あまり快く思っていないが頷く。普段は穏健派で通っている大地だが、彼の拳銃嫌いは探偵社周辺では有名な話だ。大地が当麻医院に多く出入りする事もあり、この近辺の不良や裏の人間でも大地を前に拳銃を出す事はほとんどない(たまにそれを知らずに使った新参者は、必然的に当麻医院の世話になることになる)。
「聞いたら、捕まえた奴らはこことは別の地区を拠点にしてる組織の下っ端でな。どうやらあの病院で治療中のある人物を引き渡してもらおうとしたらしい」
「目的はとある組織から逃げ出した構成員だ。三日前、逃げる途中で組織の刺客に殺されかけたらしくてな、全身大火傷。命は助かったが今は意識が無い」
「組織の情報を流そうとした裏切り者を殺そうとしたって訳ですか。なら闇討ちにでもしたほうが確実でしょうに」
「今日の奴らは独断で動いたらしいな。今はまだ捕まってない男の捜索中だ」
「で、それをなんで俺に?」
「そこに絡んでる奴が問題なんだよ」
その言葉で察しがついたのか修兵の顔が曇った。
■□
笑顔の青年の顔に見覚えがあると感じて思い出す。
「さっき現場にいた」
「軍警犯罪部巡査の相沢詩音です。現在は大貫警部と相棒組ませてもらってるので、以後お見知り置きを、異能探偵社の方々」
なんだか胡散臭く感じてしまう笑顔に桃矢と創平は会釈を返す。
「で、何を教えてくれるって」
警戒しながら創平が聞いた。
「今日、君らが捕まえた襲撃者の黒幕だよ」
「帝都の裏街を仕切る最大組織――【亡霊】の首領」
「……黒尾禅十朗」
いつのまに帰って来ていた鷹人が呟いた。
「あぁ、あなたは知ってるんですね」
「黒尾禅十朗って……」
「帝都の裏社会で幅を利かせている男だよ」
「軍警でも手を焼いてまして、先輩方もなかなか手に負えない」
「な、なんで捕まえられないんですか」
「そいつも俺らと同じ異能者だからな」
「だって、狗木さんとか大地さんとか……、軍警の人だって」
「それでも無理なんだよ」
苛立たし気に詩音がいった。
「アイツは、殺人に特化した危険度S級の異能者だからね……」
■□
そこから数キロ離れた帝都でも最下地区、拾参区の裏街。
瓦のはげた屋根の錆びれた路地。狭い通路に建物の上から差し込む光が、息を切らして立っている男を照らしていた。
「で、もう一回言えよ」
男の周囲にたっている数人の人間。その中の一人の声が薄暗がりから響いた。
「だ。だから。ボスが探してた男だよ。見つけた。当麻医院にいた」
「いやいや。そこじゃなくてさ。俺が言ってるのは」
「あ、え?」
声の言っている意味が分からず当惑する。
「だから、俺が言いたいのは……なんで頼んでもいないのに動いてるのかってことな訳でさ」
あくまで軽いノリ。しかし、男の背中に嫌な汗が噴き出した。
「勝手に動いた上に探偵社の奴らにこてんぱんにやられて軍警にまでやられて一人だけ逃げて来て」
――ヤバい
軽いノリなのに。悪魔に心臓を握られているような恐怖が男の身体を支配する。
「まぁ、いいや。わざわざそんな情報くれたんだしな。ホントに当麻医院にいたんだな?」
「あ、あぁ。間違いないです」
「素敵な情報感謝するよ。えっと……君さ。もうちょっと前に出てくれない?」
目の前は路地の屋根に遮られた暗がりだ。
不思議な問いかけに戸惑いながらも数歩前に歩いた。さきほどまで日なたにいたので、影に入ったことで気温が下がったような肌寒さを覚えつつ、前に座っている男を見上げる。
「うん、それでいい」
満足そうに笑った男の笑みにつられて笑った男は周囲にいた数人の人間の表情に気づいて凍り付いた。
周囲にたっている面々に浮かぶのは自分に対する哀れみの顔。
――な、なんでこいつらはこんな顔をしている。
困惑した男は周囲を見渡し、ふたたび恐怖に固まった。
「で、残念なお知らせだが――」
「仲間を見てるような愚図も探偵社に負けるような屑も存在してほしいとは思わないんだよ」
「や、やめ――――――
レコードが突然切れるように、男の声は唐突に途切れた。
後に残ったのは血と内臓の入り交じった吐き気を催す空気。その空気をまるで新鮮な山のものであるかのように吸い込んだ男、黒尾禅十郎はフッと微笑んだ。
「さて、迷子の迎えに行くか」
【資料05】
■黒尾 禅十郎/クロオ ゼンジュウロウ 【男/26】
帝都で暗躍する組織【亡霊】のボス。
殺人に特化した能力の持ち主であり、裏社会を仕切る危険な存在。