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異能探偵社の新参者  作者: nasa*
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第参頁 【一期一会 ③】

「というわけで、桃矢くん。どう?」


 にこやかに言う鷹人の真正面に座っている桃矢はそう言われても訳が分からず頷くしかなかった。

 あの発言のあとで、意味の分からない桃矢はとりあえず来い、と近くの喫茶店につれてこられ、この優男に探偵社に入らないかと提案されたのだ。

 一連の説明が終わったところで鷹人は桃矢に尋ねる。

「どう?君も悪くない話だと思うけど……聞いてないね」

 ウエイターが運んできたパンケーキに目を奪われている桃矢をみて鷹人は苦笑した。

「まぁ、とりあえずそれ食べてから話そうか」

 鷹人に言われるよりも先にすでに桃矢はフォークを握りしめ、パンケーキに突き刺していた。ナイフで切るのも無駄だというようにパンケーキが次々桃矢の口の中に消えていくのを、鷹人は感心したような呆れたような表情で見た。

「よく食べるね」

「三日三晩何も食べてなかったものですから」

 しかし、そういう鷹人の前にも顔に似合わない抹茶パフェが置かれている。

「だいたい、桃矢くんなんでそんな餓死寸前にまでなったの?」

 ひとまずお腹を満たした桃矢は紅茶でパンケーキを流すと一息ついた。

「いやぁ……俺、もともと双子の兄貴と伍区(ごく)で大きなお屋敷の下働きみたいな事やってたんですけど、そのお屋敷で火事が起きて、見事に全焼。当然家の方に僕みたいなのやとってる余裕も無くなっちゃってすぐにクビ。住み込みで働いてたんで家も仕事もなくしちゃって」

「その双子のお兄さんは?」

「火事以来消息不明です」

「……」

「仕方ないから仕事探そうとしたんですけど、すぐに雇ってくれるような景気のいい家はあんまりなくて。財布は落とすし。頼れる人もいないし」

「壮絶だね」

 語るたびに暗くなる桃矢の話に若干引きながら相づちを打った。

「だから!」

 桃矢が突然大声を上げたのでビクッと身体を震わせる。

「働かせてくれるって狗木さんの言葉!信じて良いんですよね!?」

 必死の形相で詰め寄る桃矢に鷹人は笑みを見せた。

「じゃあ、食べ終わったら行こうか」

「え、行くって?」

「もちろん、異能探偵社だよ」



                         ■□



 海に面した【帝都】は、扇を広げたような形をしている。扇の要にあたる部分から壱区、弐区と若い数字に分類され、下に行く程数字が増え、同時に住んでいる住民の地位も治安も悪くなっていく。

 少し離れた【帝都拾区】――――

 赤煉瓦の街並はかなり年代が立っているが整っている。が、拾と名のつく通りとても治安がいいとは言えない場所だ。

「ここだよ」

 案内されたのは古い建物が並ぶ通りで、丁度目の前は【猫の目】という看板のさがっている喫茶店だった。鷹人は店内に向かって軽く手を振った。

「のぶちゃん~」

 声で気づいたのか店内にいたウエイトレスがこちらを見た。目をやった桃矢は顔をあげた彼女を見て思わず足を止めた。肩程までのサラサラの黒髪、遠目でも美人とわかる整った顔立ちだ。

「……可愛い」

 思わず見とれた桃矢だが、肝心の彼女は手を振る鷹人に気づくととたんに不機嫌な表情を見せ深緑色の目で睨みつけるとカウンター裏に入っていった。鷹人はその様子にめげずに歩き出した。

「さ。行こっか」

「……狗木さん、なにやったんですか」

 スタスタいってしまう鷹人の後を慌てて追った。彼は隣の四階建ての複雑な形をしたビルに入っていった。

 ビルは小さな部屋が集まったアパートのようで桃矢はきょろきょろしながらボロいエレベーターに乗り込んだ。


「さっきの人って」

「のぶちゃんの事? いつもじゃないけどオーナーに頼まれて、あそこのお店でたまにウエイトレスやってるんだよ」

「美人さんですよね。怖い顔やめればいいのに」

「そうだね、言っておくよ」

 含み笑いで言う鷹人を気にせず桃矢は改めて乗っているエレベーターを見た。いかがわしいチラシや軍警からの指名手配書などが乱雑に貼られていた。

「探偵社ってこのビル全部ですか」

「嫌。一応社長のビルなんだけど、探偵社自体は3階の部屋だけ。あとは社員の部屋だったり他の事務所も入ってるよ」

「部屋……」

「探偵社の人間なら住めると思うよ。家賃タダで」

 タダという言葉に桃矢の目が輝いた。

「た、タダって、ホントですか!?」

「まぁね。実際に使ってるのは数人だから部屋は結構空いてるよ」

「え、仕事場が目の前で家賃もただなのに何で――」

 桃矢の疑問の答えはチンッと言う金属音と共に空いたエレベーターの外にあった。


 目の前で空中で投げ飛ばされる大柄な男を見て桃矢の思考回路は数秒間完全に止まる。


――え?


 派手な音と共に男が床に横たわる。

「おぉ、今度はなに?」

 呆れながら平然と倒れた男を踏みつけエレベーターから出る鷹人に桃矢は我にかえっていそいで後をおった。

「おぉ、鷹人先輩!おかえりなさい」

 男を投げ飛ばした張本人である青年が雰囲気に似合わない快活な笑顔で迎えた。

「ただいま、創平。社長は?」

「社長はしばらく遠出ですよ。今は大地先輩ならいますけど」

「わかった。返り血はちゃんと拭いとけよー、客が引くから」

「分かってますって」

 その笑顔に似合わない物騒な音と男の悲鳴を背後に聞きながら桃矢の顔は青ざめた。

「あれって……」

「日常風景」

「……」

 廊下を歩きながら桃矢の脳内でヤバいという考えが浮かんだ。気持ちはキャッチセールスに引っかかった通行人だ。

「ほら、ここだよ」

 桃矢の感情など気にもとめず、突き当たりの少し他に比べて大きめの扉に案内される。

 扉には【異能探偵社】の看板。少し迷ってから扉を開けるとそこには思ったよりも広い空間があった。

 木製の机が複数置かれ、数人の人間が座っていた。

「ちゅうもーく!!!」

 部屋にいた数人の人間の視線が集まる。その好奇の視線に桃矢は背中に冷や汗が流れた。

「今日からここで働いてもらう事になった冬月桃矢くん。色々あったらしくて見習いってことで働いてもらうから」

 いろいろ説明が省かれた無茶な発表にもっと動揺するかと思いきや周囲の反応はあまり大きくなかった。ソファに寝転んでいた女性などは週刊誌から顔を上げる事もしない。

「よろしくー」

――え、それだけ!?

 思っていたよりもずっと軽い対応に戸惑うなかで、男性が桃矢に近づいて来た。

 二十代後半。身長は桃矢とあまり変わらないが、がっしりとした体躯で人の良さそうな穏やかな笑みを見せている。

「俺は東郷大地。よろしくな、桃矢くん」

――まともだ。

 いかがわしい笑みを見せる鷹人と違い、安心感のある大地の言葉に思わず感動を覚えた桃矢だったが。

「たのむよ。仕事場は治安の悪い場所も多いし、命の保証も出来ないけどさ」

 穏やかな表情で語られた衝撃的な言葉で桃矢は今日何度目かも分からない沈黙に包まれた。

「え?」

 なんだか不穏な流れに桃矢の脳内で激しい警告音が流れる。

「おまけに仕事で恨まれたりして事務所に報復してくる襲撃者も多いし。銃撃戦もしょっちゅうだからさ」

「……襲撃」

 警告音がけたたましい音をたてている。

 さっきエレベーターで鷹人が言った、ここに社員が住まない理由が分かった気がした。

「あの……」

「いやぁ、助かるよ」

 逃げ腰になる桃矢に向かって背後に立っていた鷹人は悪魔のような笑みを浮かべた。


「この間来た新人君がやめちゃったから探してたんだよね」


 鷹人のこの言葉で桃矢の脳内警報機が爆発した。

「あの。やっぱ俺……」

「そういえば家もないんだよね。よかったらここの部屋借りなよ」

 その台詞を決定打に、自分が逃げられない事を悟った。

 

「よ、よろしくお願いします……」

「うん、よろしくね。桃矢くん!」

 肩をつかまれた桃矢の脳内で後悔の文字が踊った。



_____俺はとんでもないところに転がり込んでしまったのかもしれない。



【資料02】



  ■東郷 大地/トウゴウ ダイチ  【男/26】


 異能探偵社に所属する異能者。

 黒の短髪に黒い目。長身でがっしりした体格。

 真面目で実直。周囲から慕われる仲間思いの兄貴分。怒ると怖い。

 格闘術にすぐれ力も強い。拳銃嫌い。

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