第弐頁 【一期一会 ②】
「異能探偵社……?」
ぽかんとする桃矢の一方で周囲のチンピラには動揺が広がっていた。
「異能探偵社っつったか、今」
その台詞には明らかな恐れが見えた。
「まぁ、実際は探偵社と言う名の何でも屋だけどね」
鷹人ははぁっとため息をついてみせる。
それだけでも後ずさる周囲の仲間を見て銃を取り出した男は震えを隠すように叫んだ。
「びびってんじゃねぇよ!てめぇら!こいつがホントに探偵社だって確実な証拠でもあんのか? はったりこいてるだけかもしれネェじゃねぇか! だいたいこんなひょろっひょろに何が出来んだよ」
その怒号に仲間たちも殺気を取り戻す。
「やるの?ホントに?」
「うっせぇよ!おっさん」
恐怖を殺すように叫ぶと男はがむしゃらに手を動かし、銃口を鷹人の眉間に向けた。
「死ねええぇぇぇえぇ!!!!!」
男は引き金の指に力を込め鷹人に向かって発砲した。周囲の誰もが男が血を拭いて倒れると思ったのだが……。
「突然撃つなよ。びっくりするじゃないか」
耳を抑えて抗議の声をあげる鷹人に桃矢はもちろん銃を撃った男もあっけにとられた。
「な、なんで……」
「だからいったろ? やるの?って」
いままでと変わらない笑顔。しかし、その笑顔は男の背筋を凍らせた。
――――異能探偵社は普通の探偵社ではない。
「ば、化け物があぁぁぁぁぁぁあぁああ!」
絶えきれず続けて撃つが確実に命中しているはずの弾丸は鷹人に迫るとこつ然と存在がなくなっていた。
――――社員のほとんどが常識では説明する事の出来ない能力をもった異能者集団。
「無駄だよ。俺の領内に入ったら逆らえない」
まるでおもちゃでも扱うように鷹人は平然と近づくと男の持っている拳銃を取り上げた。
そこで、男の仲間が思い出したように呟いた。
「狗木って……『無能者』の狗木鷹人か」
「なんだ、知ってる奴いるじゃん。探偵社でも下っ端だから知られてないと思って結構傷ついてたんだよ?」
雰囲気に似合わず嬉しそうに笑う鷹人。その姿を見て桃矢は呟いていた。
「……異能者」
30年以上前。突如として現れた、常識では説明する事の出来ない能力を持った人間たち。
異能者と呼ばれるようになる彼らは年々増加の一途をたどり、その能力も微力なものから政府の脅威になりうる力まで様々な力が現れていった。現在は帝都の人口の二割が異能を保持しており、異能者たちは軍警、マフィアなどの組織に属していた。
■□
「俺の能力は【残念無念】」
「わああぁぁああぁぁぁ!」
悲鳴に近い声が鷹人の言葉を遮った。男の中にナイフを隠し持っていた一人が鷹人に飛びかかる。
「____俺の領内に異能も武器も持ち込めない」
突き出されたナイフの刃が鷹人に迫る直前に忽然と消えた。
「!?」
消えたナイフに驚いて男は鷹人に近づくまえに後ずさった。
「どう、まだやる?」
ニコッと笑う鷹人を見て男たちは一瞬お互いの顔をみ合わせたが、次の瞬間武器を投げ出すと這々の体で逃げ出した。
「もうちっちゃいことでキレんじゃねぇぞ~」
高らかに言う鷹人は不意に背後から殺気を感じ、あわてて飛び退いた。そのすぐあとを桃矢が追う。
「な、なんなんだ!俺はいわば君の命の恩人だぞ!」
「命の恩人っていうなら、いますぐ俺に飯をよこせ!!!」
鷹人の能力の事もあって、呆気にとられて忘れていたが、解決した事で先ほど百円を落とされた事を思い出したのだ。
「飯!?」
とても餓死寸前とは思えない迫力で唸り声をあげて飛びかかってくる桃矢に鷹人は必死で逃げる。
「ここ三日ろくな食事もしてないんだよ!そんな時にせっかく見つけた貴重な百円を!百円を!!」
「百円って……」
思わず失笑した鷹人にグワッと桃矢が飛びかかった。
「貧乏人の百円を馬鹿にするな!」
獣ばりの勢いの桃矢にとうとう鷹人も叫んだ。
「わかった、君が困ってるのは十分わかった!」
それを聞いた桃矢は鷹人に飛びかかる前に動きを止めた。
「なんか助けてくれるの?」
「えっと。君、名前は?」
「……冬月桃矢」
「じゃあ、桃矢くんに提案なんだけど」
「異能探偵社で働くつもりない?」
【資料01】
■冬月 桃矢/フユツキ トウヤ 【♂/18】
訳合って【帝都】でのたれ死にそうになっていたところで探偵社に拾われて働く事になった青年。
肩程の黒髪、黒い瞳。体格はいわゆる中肉中背だがどちらかと言えばひょろっとしている方。体型の割に動きは素早く運動神経はいい。
自分でなんでも解決しようとする。正義感が強い。
■狗木 鷹人/クギ タカヒト 【♂/24】
異能探偵社に所属している異能者。
黒髪に灰色の目。身長もそこそこあり、笑顔が爽やかな優男。
飄々としていて食えない男で、ちょっと空気がよめなかったり。人をからかうのが好き。かなり身体能力が高く、異能を利用した戦闘を得意とする。