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異能探偵社の新参者  作者: nasa*
19/25

第十九頁 【烏合之衆 ①】

 うごうの-しゅう【烏合之衆】

①規律も統制もなく、ただ寄り集まっている集団。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――






「ぼ、牡丹さん……」


 目の前に現れた女性を桃矢は呆気にとられて見上げた。

 もう二度と関わってはいけないと決めた探偵社の気の強い女性は、そんな桃矢の顔を面白そうに見下ろしていた。

「なにぼさっとしてんだい。それともこれが夢だと思ってんの? 頬つねってやろうか?」

「い、いえ!」

「ならさっさと立ち上がってこの部屋でな」

 倒れている見張りの向こうに開いているドアを顎でさす。

「でも、俺錠……」

「それなら」

 そういうと牡丹はおもむろに、倒れている男の腰にあったナイフを取り上げた。

 大振りの軍用ナイフだ。

 それを手にすると笑みを浮かべて桃矢に近づく牡丹を見て桃矢の背筋に鳥肌が立った。

「え、え?」

「動くんじゃないよ?」

 振り上げられた腕を見て桃矢は思わず目を瞑ったが、部屋に響いたのは金属の砕ける破壊音だけだった。

 おそるおそる目を開けると床と繋がっていた枷の鎖が途中で見事に破壊されていた。手錠は相変わらずだが、これで部屋から動く事が出来る。驚く桃矢と違って牡丹はあまり納得がいかないようだ。

「やっぱ上手く切れないもんだね」

 刃こぼれしたナイフを一瞥して、ぽいっと部屋の隅に投げる牡丹を見て改めて桃矢は恐怖を感じた。

 今牡丹は、ナイフを使ってほぼ自分の腕力のみで頑丈な鎖を叩き壊したのだ。

「……」

「なにぼーっとしてんだい! さっさと立つ! それともまた捕まりたいのかい?」

 その言葉で桃矢は少し黙った。

 【亡霊(レムレース)】も間抜けではない。彼らに楯突いてまでこのアジトに潜入し、あっさりと見張りを制圧出来るような人間がこの地区にいない事は知っている。

 そこで桃矢がいないとなれば確実に相手に気づくだろう。そして牡丹に助けられる事は即ち、【亡霊(レムレース)】と【異能探偵社】を完璧に対立させる事を意味する。

 しかし、躊躇していたのも牡丹の何の迷いも躊躇いも無い瞳を見るまでだった。


――この人は本気だ。


「いいえ!ないです」

 桃矢の言葉に牡丹は満足そうに笑った。

「なら動く!」

「ただ、牡丹さん。これ、肝心の手錠が繋がったままなんですけど……」

 確かに床には繋がっていないが両手は相変わらず手錠に拘束されて自由に動かせない。

「あぁ、それは無理」

「は!?」

「ナイフ欠けちゃったし……、か弱い乙女は物騒な武器とは無縁なんだよ」

 か弱い乙女の部分に激しい疑問を覚えるが、突っ込む事は出来なかった。外廊下から爆発を聞きつけた構成員がやってきたからだ。複数の足音が扉の外から聞こえてくる。


「桃矢のせいで時間がずれた……」

 理不尽な怒りを向けながら牡丹は鋭い目で足音の方を睨んだ。

「桃矢はすぐにこの部屋抜けて階段を下りな」

「え、ちょっと! これは?」

 ジャラっと音をたてて手錠を見せるが、牡丹はまったく気にかける様子はない。

「それは下いきゃどうにかなるから」

「おい!てめぇら!」

 丁度部屋にたどり着いた男が目の前の光景に慌てて銃を向ける。

「急ぎな」

 牡丹はそれだけ言うと瞬間に体全体が黒い羽根に覆われ、その身体が弾けるように崩れると無数の小型の鴉に変化した。

「!?」

 目の前の光景に怯んだ男の横を、桃矢も急いで飛び出す。無数の鴉が桃矢の動きを相手の視界から隠すように男達を邪魔したので彼に捕まる事はなかった。そして再びやってきた援軍の足音を避けるように人気のない階段を駆け下りた。

 小型の鴉は桃矢のそばをすり抜けるようにバサバサと飛んでいく。

 鴉に気づいた構成員達の喧噪や銃声が微かに聞こえてきた。


 この混乱のスキに逃げ出せってのか……。


 なんとなく察しがつきはじめたがそこで致命的な事に気づく。

「どこだ。ここ……」


 閉じ込められていた【墓地】から何も考えられずに必死に階段を駆け下りたので、桃矢は完全に現在地を見失っていた。

 元々このアジトは侵入者用に複雑な建物を更に複雑に建て増ししている。長年所属していた桃矢だが、行動範囲が元々少なく、知らない部分も大きかった。その上【墓地】に閉じ込められた事も今までなかったので全く知らない区域だったのだ。

 窓はあるが、人は通れないような小さい物で、とてもじゃないが出られない。

 しかも、この手錠だ。

 たとえ桃矢の事を知らない構成員がいたとしてもこの手錠を見られればすぐに怪しまれる。あせる桃矢に畳み掛けるように誰もいないはずの廊下に気の抜けた声が響いた。


「あれ?そこにいるのわ……」

「!!」

 桃矢が振り返るとそこには灰色の髪に厚着の少女が立っていた。


(まだら)……」

 そう呟く桃矢に対して彼女、斑は冷静だった。

「あんた、黒尾さんに【墓地】入れられたんじゃなかった?」

「……」

「なんかさっきから騒がしいし……、これもあんたのせい?」

 周囲から聞こえてくる銃声に斑は顔をしかめた。


「で、あんたはここから逃げるの?そう簡単にいけると――――

 斑の言葉は不意に現れた気配の頭への強烈な回し蹴りで強制的に中断させられた。

 斑の身体が横に吹き飛び頭から壁に激突した。

 悲鳴も無く頭蓋骨から血を流す斑を目で追ったが、その回し蹴りの主に気づいた桃矢は固まった。


 不機嫌そうな鋭い深緑色の瞳で桃矢を睨んでいるのは、あの黒髪の女性だったのだ。

「ったく、危なっかしいったらない」

「なんで……」

 桃矢の疑問の言葉に対して彼女は深緑色の瞳でキッと睨みつけた。その目力に思わず気圧される。しかし、同時にその鋭い瞳に見覚えがある事に気づいた。探偵社に初めて訪れたあの日、隣の【猫の目】でウエイトレスをやっていた。たしか――

「のぶちゃん……」

 呟いた桃矢の言葉に彼女はひときわ鋭い目で睨んできたが、その言葉には答えずに桃矢は肩をつかまれた。

「とりあえずこっち来い!」

 昏倒している斑をほうっておいて廊下の影になっている場所へ桃矢を引っ張った。そうして桃矢の腕を強引に掴み、ポケットから取り出した鍵で手錠を外してくれた。

「な、なんでここにいるんですか……」

 訳が分からない桃矢だったが、彼女はイライラした声でかえしただけだった。

「仕事。仕事。ってか、仮にも古巣だろ!?道ぐらい覚えとけ。」

「す、すいません」

 容赦のない言葉に思わず謝る。彼女は桃矢の言葉にもあまり答えず呟くように愚痴る。

「ったく、バカヒトがお前を拾った時から厄介事になると思ってたんだ……」

「すいませ…………」

 謝りかけてとまる。桃矢にとってその単語は聞き覚えがありすぎた。桃矢の脳内で彼女の鋭い深緑色の目にある人物が重なった。

「あの、修兵さんの妹さんですか」

「違う」

 否定されたがなんだかその表情や雰囲気に見覚えがあるように思えてならない。ふと、さっき彼女がいった仕事という言葉が引っかかった。

 そして、この数日間仕事で姿を消している修兵の事が思い出される。

「も、もしかして。修兵さん……?」

 驚きで震える桃矢を彼女はイラッとしたように一瞥したのだが、次の瞬間その体つきが変化し始めた。桃矢と同じぐらいだった身長が伸びると骨格すら変わり、数回瞬きをすればそこに立っているのはいつものイライラした表情を浮かべている園村修兵その人だった。

 緩い服装をしていたためにそれほど服が窮屈というわけではないがそれでも落ち着かないようだ。

 しかし、それよりも桃矢の脳内は混乱しかなかった。


「あ、え!?え!!!なんで!?あぇ?」

 その様子に修兵は更に不機嫌そうに顔をしかめた。

「軍警の仕事で潜入捜査だ。文句あるか」

 確かに修兵は軍警から依頼を受けていた。

 その内容がこれか、と納得する一方でどうしても納得出来ないのは……。

「さ、さっきの。あの、人は――」

 その名前に修兵はギロッと桃矢を睨んだ。しかし、すぐに深くため息をつく。

「……だから俺は嫌だったんだ」

「笑うなよ」

 殺気さえ感じる念押しに桃矢は愕愕と頷いた。

 修兵は少しためらうように黙っていたが決心を固めるとぼそっと呟いた。



「俺の異能の【男耕女織(だんこうじょしょく)】は…………、異能者の性別を入れ替える能力だ」


 少しの沈黙の後、桃矢は盛大に吹き出した。

「て、てめぇ。笑ッ――!!」

「わ、笑ってません!笑ってませんって!!」

 必死に取り繕うが修兵の殺気は収まらない。

 しかし、普段こんな様子で男っぽい修兵が異能でとはいえ女に変わるなど……。

 必死に笑いを堪える桃矢の前で修兵は一人で後悔し続けていた。

「……だから嫌だったんだよ。俺は」

「あれ、じゃああの猫の目でウエイトレスしてたのも……?」

「あの店は俺の母親がやってるんだよ。露人とか立花がいない時に無理矢理手伝わされてんだ。異能で女になってな……」

 それが屈辱でしかないというように修兵が言い捨てた。ふと修兵の姿を見た時の鷹人との会話を思い出した。

――美人さんですよね。怖い顔やめればいいのに。

――そうだね、言っておくよ。

 含み笑いの鷹人。その時は意味が分からなかったが、今ならわかる。用は桃矢は修兵にそんな事を言っていたわけだ。

 思わず赤面した桃矢を不思議そうに見る修兵。そんな会話を交わす二人の背後にユラリと人が立った。

「敵のアジトで随分暢気ですね。あんた達」

 冷めた声で桃矢は我にかえった。修兵も先ほどまでの表情が一変し声の方向に振り返る。

 そこには先ほど修兵が吹き飛ばした斑がケロッとした顔で立っていた。

「いったいなぁ……、仲良くしてたのにいきなり頭蓋骨砕くとか非常識にもほどがあるよ?」

「殺すつもりの蹴りで平然としてるような奴に常識語られたくないんだよ」

 修兵は眉をひそめながら言った。


「無駄ですよ。修兵さん。斑さんは殺せないんです」

「あ?」

「元のぶ子はそんなことも気づいてなかったの?」

 軽い言葉にあからさまに修兵の周囲の空気が冷え込んだ。

「私の【輪廻転生】の前で私に攻撃しても無駄なんだよー」


――異能にたよった馬鹿はこれだから嫌いなんだよ


 不意に脳内に聞き覚えのある声が響いてきた。斑にまで聞こえているのかその顔色が変わる。

「徹!?」

 思わず叫ぶと脳内で徹の含み笑いが聞こえた。

「遅いぞ、徹!」

 ムッとしたように修兵が言った。


――姐さんが鍵開けるの遅れたんですよ


「あぁ……」

 確か予定が狂ったとか言ってたな……と桃矢は思い返す。


「ねぇ、何なの!?」

 唐突の謎の声に斑が混乱する。


――可愛い依頼人からそこの冬月桃矢くんを助けてほしいって言われちゃったもんでね


「依頼って……」


――桃矢が助けたあの子だよ


「……」

 数日前にチンピラに絡まれていた少女の事を思い出す。

 同時に少し離れた位置で派手な爆破音と衝撃が響いてきた。


「何!?」

 慌てる斑をよそ目に徹はわざとらしくため息をついた。




――ったく、感謝しろよ?探偵社の人間総出で動くなんて滅多に無いんだからな

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