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異能探偵社の新参者  作者: nasa*
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第十八頁 【孤立無援 ②】

――だから、お前は甘いんだよ。桃矢


「黙ってろ……」



 【墓地】に監禁されて三日目。

 建物の最上階と言っても窓なんて呼べる物は無く、小さな空気穴から一筋の光が差し込んでいるぐらいだ。むき出しの電球が下がっているので暗くはないが、部屋はくみ上げられたレンガをそのままにしたような冷たく固い部屋で落ち着こうにも落ち着けない。

 別に食事を取り上げられているわけではなく、日に二回。あの斑と一緒にいた女性が運んで来た。それがあるだけまだマシなようだが、両手に繋がる鉄の枷が余計に桃矢の心を沈ませた。

 そしてなにより、この薄暗く冷たい空間が桃矢の昔の部屋を思い出させた。

 なにか失敗をするたびに、桃矢の両親は幼い子供を容赦なく部屋に閉じ込めた。

 気に入らない事があれば、殴った。櫻も一緒に。

 そして――


――櫻は親を殺した


 フッと湧いた気配。

 禅十郎に話された事でもう桃矢ははっきり自覚していた。

 自分の中にいる櫻の存在を。

 そして、自分がやってきた記憶も。



                         ■□



 桃矢と櫻の双子は拾区の貧しい家の子供として一緒に育った。

 桃矢達にはなにも問題なかった。しかし、両親は桃矢達に対して一切の愛情が無かった。

 彼らにとって桃矢は単なるストレスのはけ口でしかなかった。

 虐待、暴力、体罰。

 閉じ込められたくらい部屋。

 それでも桃矢は絶えられた。櫻が助けてくれたから。しかし、そうやってずっと桃矢をかばってきた櫻は絶えられなかった。


 ある日の朝。

 起きた桃矢がリビングで見つけたのは部屋中に飛び散る血とその血の海で倒れる両親、二人を見下ろす櫻の姿だった。

「…………櫻」

 強ばる声で問いかけた桃矢に櫻は満面の笑みを浮かべた。

「……大丈夫。桃矢を怖がらせる奴らはもういない」

 その笑みは今でも桃矢の脳裏にこびりついている。

 血の似合わない純粋な笑み。

 その後はもうほぼ桃矢の記憶には無い。

 禅十郎に拾われ、櫻にくっついて盗みから犯罪の見張りの手伝いまでやった。

 櫻が異能者であると知られるやその仕事はどんどん過激な物に変わっていった。そして、初めて桃矢も手伝った仕事。そこで櫻の記憶がぼやけている。

 禅十郎が言う言葉が本当ならそこで櫻は死に、桃矢のなかで”櫻”が生まれたのだ。


 それでも桃矢は気づかず、”櫻”として【亡霊(レムレース)】の仕事を続けてきた。すべては桃矢を守るために。桃矢は櫻は生きていると信じ続け、人格の主導権は”櫻”が握ってきた。

 しかし、あの小鳥遊家の暗殺と裏切り者である男の処刑で、初めて”櫻”が揺らいだ。


――俺には弟がいるんだ!あいつのためにも死ねないんだよ!!


 男が死に際に櫻に懇願してきた言葉。

 桃矢を守るために生まれた人格である櫻にその言葉は直にきた。その動揺で櫻は初めて桃矢に人格を奪い返された。

 櫻を人格でなく本当に存在していると感じている桃矢に。

 【亡霊(レムレース)】を嫌う桃矢は櫻の人格を感じぬままに逃げ出し、そして……。


――探偵社に拾われた。


「……」




――ったく、暢気な奴だよな。桃矢は。


 気配と響いてくる声。いままでは存在している相手と思っていても真実を知らされた今は平然と反応を返せない。

「もう消えてくれ……」

 皮膚に爪が食い込む程強く拳を握りしめてしばらくすると気配は消えていた。

 ため息をつくと軽くドアがノックされて施錠が外れる音がした。


「朝ご飯」

 握り飯と水の入ったコップのプレートを持って入ってきたのは、いつもの女性だった。

 ここ数日桃矢に食事を運ぶのはもっぱら彼女の仕事だ。深緑色の鋭い目に整った顔の美人に、桃矢はどこか見覚えがあるように思っているが相変わらずその記憶は掴めずにいた。

「……どうも」

 言葉少なに返事をする。

「異能者なんでしょ?逃げようとか思わないの?」

 鎖をジャラジャラ言わせてプレートを受け取る桃矢に彼女が聞いた。言う事が結構容赦ないが他の構成員と違い桃矢を嫌っている口調ではない。

「出来たらやってる」

 禅十郎に向かっていったあの異能を発言させようと何度も試みたがどうやって異能を使っていたのかも分からない。わからないものを使う事も出来ない。櫻はしきりに桃矢に向かって囁き続けたが人格が入れ替わる事が怖くてその声を無視し続けていた。

 ふぅんといって彼女はさっと腰を上げた。

「ま、出来てもそんなことしない方があんたのためね」

 禅十郎に知られる事を言っているのだろう。

「大人しくしてなさいよ、くれぐれも!」

 彼女は念を押すようにそれだけいうとさっさと部屋を出て行った。再び静かな空間に戻る。


「…………はぁ」

 ため息をつきながらもご飯をほおばる。

「探偵社の皆。大丈夫かな……」

 思わずそんな言葉を呟いてあわてて頭を振るとその考えを消した。

 もう自分は彼らと関わっては行けないのだと。

 と、不意にその耳が微かな音を捕らえた。


 カツ……コツ………


 なにかを砕くような叩くような本当に微かな音。

 別にネズミが走っているわけでも廊下に誰かいるわけでもない。しかし、その音は確実に聞こえていた。

 その音をたどると桃矢の対面のあの空気穴のあいている場所だ。

 よく見ればそこから見える小さな丸い視界にちらちらと黒い影が動いている。

 そしてその穴から何かがじっと桃矢を見ていた。しかし、それは一瞬ですぐに影は消えた。

「…………?」

 首を傾げたとたん。

 軽い衝撃と爆風とともに桃矢とは反対側の壁が崩れ落ちた。屋根に大穴が空き三日ぶりの太陽光が桃矢の顔を照らして、思わず目を細めた。それでなくてもレンガが崩れた埃やらで視界はかなり制限されていたのだ。

 驚いたのは桃矢だけではない。

 扉の外で見張っている二人の男も何事かと銃を構え飛び込んできた。

「なんだ!」

「何やりやがった!?」

 聞いてきても知らない事には答えられない。


 男たちは油断なく煙で濁った視界の中銃を向けた。

――何かがいる。

 その気配の中現れた黒い影に身構えた一同だったが、その正体は。

「……カラス?」

 気の抜けたように男が呟いた。

 土煙から現れたのは大型のカラスだったのだ。ヒョコヒョコと歩いている。

「シッシッ!」

 一人が手で追い払うような仕草でカラスを追い立てながら部屋に桃矢以外誰もいない事を確認する。

「敵襲か?にしても……」

 その時男はふと目の前の男を恐れるでもなくみじんも動かないカラスに違和感を感じる。

 まるで興味深い者でも見るように男を見上げるカラス。

 そして、カラスが無造作に翼を広げ、扉近くに立っていた男の顔色が変わった。

「離れろ!そいつは――――

 まるで何かの早送り映像でも見ているかのようだった。

 目の前にいたカラスがみるみる膨らみ、振り上げられた巨大な足の強靭な鉤爪が目の前にいた男の首をつかむと強引にその体をひねった。

 首の骨が折れる嫌な音と扉近くの男の撃った銃弾がその男の体にめり込む。

 そして動揺した男がもう一発を打つよりも先に、盾にした男の影からのびた拳が男を壁に叩き付けていた。

 脳震盪で昏倒する男を踏みつけたその人物を、桃矢はあっけにとられて見上げていた。

「相変わらず間抜け面だねぇ」

 すっかり羽根が消え去った牡丹は、まるで迷子を見つけた母親のような軽さでフッと桃矢に笑いかけた。



「迎えにきたよ」

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