第十五頁 【急転直下 ⑤】
あの日。
小鳥遊家の屋敷の惨劇から逃げ出して路頭に迷っていたあの日。
はじめて鷹人さんにあって、チンピラに絡まれた時。
突然腕を掴まれてこういわれた。
――弱い物虐めは駄目だと思うよ。
あの時はチンピラから俺を守ってくれたんだと思ってた(まぁ、百円玉でそれどころじゃなかったけど……)
でも違うんだ。
あれは、あの男達に言ったわけじゃない。それなら男達の腕を掴んで止めるべきだ。
でも鷹人さんは俺の手を掴んで俺に向かっていった。
弱い物虐めは駄目だって。
――お前無意識のうちに殺そうとしただろ?
櫻がそう語りかけて来たとき、心臓を掴まれたような感覚が全身を包んだ。あの時はこいつら殺したら後で面倒臭いなと思っていただけだった。それをまったく異質な事だと思っていなかった。
その時から鷹人さんは俺の異質に気づいていたのかもしれない。
内に怪物を飼ってる俺を……。
もしかしたら、それで探偵社で働かせてくれたのかもしれない。隠れ蓑にしているつもりが、逆に探偵社に観察されていたのかもしれない。
皆良い人たちだったよな……。
多少荒っぽいとこあるけど……。
この人たちといたいのになぁ
けど。
……もうこれ以上かかわっちゃいけないんだ。
脳内で櫻が見て来た凄惨な光景までがフラッシュバックされる。今までは客観的なものとして考えていた事がもうそうは思えない。
これ以上探偵社を巻き込むな。
■□
「これ以上、俺に関わらないでくださいよ。今度は殺しますよ?」
「桃矢?」
創平が不安そうに声をかけて近づいた。
「お前、なに言って……」
「だからうっせぇって!」
言葉のでない鷹人達の一方で、禅十郎は満足そうに笑うと花になにかを言った。
「行きましょう。黒尾さん」
桃矢は表情を隠すように廊下の反対側へ歩いていった。
「じゃあな、異能探偵社の諸君。迷子のお迎えだからこれで引き上げるよ」
周囲を取り囲んでいた影鬼達が溶けるように床の影に戻っていき、残ったのは禅十郎の影鬼だけになった。その影鬼は気絶していた路佑を掴んでいる。
「黒尾!」
歩いていく三人を創平が追おうとしたが鷹人が止めた。
「これから夜だ。下手に追いかけるのは自殺行為だよ」
さきほどまでは空も明るかったが、とうに日は沈んで赤みがかっていた空ももう暗闇が迫って来ている。
「こういう時は……」
「わかってるよ」
鷹人に言われた紅魅はニヤッと笑うと、とたんにその姿が煙のように掻き消えた。
■□
病院の敷地を抜け、路地に入った禅十郎の元に見計らったかのように赤毛の青年が現れた。
「よぉ、悠真」
「あ、もう帰りますか?」
無邪気な笑顔を浮かべる瀬良悠真に禅十郎は手で答える。
「……首尾は?」
「ちゃんと殺しときましたよ?あの裏切り者。弟のほうどうします?」
「ほっとけ。それより路佑起こしてこい」
そう言うと背後の影鬼が掴んでいる男を指差した。大地に気絶させられていた路佑だ。
「はいはぁーい」
そう言うと倒れていた路佑を思いっきり蹴っ飛ばす。
「……痛いだろぉが」
少しのタイムラグののちに路佑が抗議の声をあげた。
「あ、すいません!死んだかと思ってました」
悠真が切ったロープの残りを引きちぎりながら路佑はよろっと立ち上がった。
「あんなトドメもささないような甘い奴に殺されてたまるか……」
「その割にはボロボロですね」
「……」
無言だがカチンと来たのか路佑の腕に力がこもる。同時に悠真の周囲で風が唸る。が、
「やめろ」
禅十郎の静かな声に二人は動きを止めるとしぶしぶ大人しく歩き始めた。かすかに霧がかかってきた。
「……追手か」
「ボスの能力知ってて追跡はないでしょ、ただの霧ですよ?」
悠真が言うが禅十郎はフッと笑った。
「油断すんな。探偵社はそう甘くねぇよ。……花、【雨】だ」
「はぁい!」
花は明るく言うと、彼女の周囲の空気が変わった。その変化は禅十郎たちの周辺にまで広がり、ついに冷たい雨が外套を濡らしはじめた。
徐々に激しさを増す雨に満足するように禅十郎は微笑むと更に暗い路地に入っていった。
■□
当麻医院の廊下に残っていたメンバーの前に煙のような塊が流れてくると紅魅の姿になった。
「っちくしょう!逃げられた!」
一瞬期待するような表情だった面々だがその言葉でため息をついた。
「気づかれたのか?」
「あぁ、まったく勘のいい奴だよ」
紅魅の【五里霧中】は、自身を霧のように煙に変化させることが出来る異能だ。空気にのって広がれば通常不可能な場所でも追跡する事が出来る。ただし、煙に変わるという特性上、天候の変化に左右される事が多く、強風や雨が降ってしまうと屋外で使う事が出来ない。
「突然雨降って来た。多分相手の異能」
「だめか……」
潤が残念そうにため息をついた。
「お手上げね」
「とにかく今はこの状況の撤去が先だろ」
降って湧いたような声に七瀬が真っ先に反応した。
そこにはボロボロの白衣を着た当麻が立っていた。
「先生!何処言ってたんですか、この非常事態に!!!【亡霊】の奴らが来て――――患者さんも皆も—―――
後半部分はなき声に混じって何を言っているのか分からなかった。
「…………悪かったな」
七瀬を優しく抱きしめると頭をなでた。
仮にも医院で働く物として、目の前で患者や同僚を傷つけられる事がどれだけ辛い事だったか。
「当麻先生、どこにいたんですか」
「あの野郎に鉢合わせして影に捕まってたんだよ。おかげで助けられた命も助けられなかった……」
言葉に込められた殺気に探偵社の面々の背中の毛が立った。
「で、桃矢は禅十郎と一緒にいったって訳か?」
鷹人が黙ってコクッと頷いた。
「……まぁ、とりあえず手伝え。そこの無茶した馬鹿は診るから来い」
苦笑する大地も頷き、その言葉でおのおのが動き出した。
外は、いつの間にやら本物の雨が降り出していた。




