第十四頁 【急転直下 ④】
唐突に突きつけられた現実に桃矢の思考は完全にとまった。
「………は? どういう意味ですか?」
「言葉のまんまだよ」
「だから、なんで兄貴が」
「本気で分かってなかったんだな。まぁ、記憶は櫻が握ってるのか」
「??」
「お前の【君子豹変】ってのは、人格が変わる事で能力すら変わる出鱈目な異能だ」
「つまり、はっきり言えば櫻はお前の中の別人格だ」
はっきり言われても桃矢の頭は混乱しかなかった。いままでの櫻の記憶が走馬灯のように駆け巡っていく。どう考えてもあれが自分自身などと思えない。
「だ、だって、お前らといた時。櫻はずっと隣で」
「そう見えてたのはてめぇだけだ」
――嘘だ
「嘘だ!兄貴は……櫻は、俺と一緒に育って……」
「別に存在から否定してるわけじゃねぇよ。お前は両親が死んで櫻と二人で俺に拾われた。そして、すぐに櫻はお前をかばって死んだ」
「それ以来精神不安定になったお前は、櫻を自分の中の別人格として持つ事で安定させようとした。その時に目覚めたのが【君子豹変】だ」
異能は精神の変化や環境適応がきっかけで生まれた脳の突然変異ともいわれている。二重人格などたしかに異能がうまれるきっかけには十分なり得るものかもしれない。
徐々に現実が飲み込め始めた桃矢に追い討ちをかけるように禅十郎は朗朗とこれまでの事を語り続けた。
「この間、小鳥遊の家族をやったのもお前の中の”櫻”だ」
「今まで櫻がやってきた暗殺も抗争の戦闘もやったのは全部お前だ」
「わかるか? お前は傍観者なんかじゃねぇ、れっきとした殺人者なんだよ。」
禅十郎は下駄をならしながらゆっくりと桃矢に歩み寄っていった。
――聞いてはいけない。こんな話でたらめだ。すぐに倒せ!
そう思っても身体が動かせなかった。
「お前に平穏に暮らす権利も探偵社なんかでぬくぬくする権利もないんだよ!」
「桃矢!」
わきにいた大地が禅十郎の声を遮るように叫んだ。しかし、桃矢の耳にその声は聞こえていなかった。
桃矢が感じているのは背後に立っている気配。
――どうすんだよ、桃矢
――禅十郎の言ってる事は正しい。全てはオレがやってる事であり桃矢がやってきた事だ。
――どっちも嫌なら壊してやろうか?
――ここにいる大地も禅十郎もあの七瀬って餓鬼も全員。
――オレなら出来るぜ?
……れ
――――殺人は嫌だって? なに言ってんだ。お前だって本質はオレと同じ。
…だ…ま
――現に鷹人に初めてあったときに絡んで来たチンピラどもの事だって、
黙……
_____お前無意識のうちに殺そうとしただろ?
「黙れ!!!」
桃矢の叫び声で背後の気配がフッと消えた。
その様子を見た禅十郎はニヤニヤと笑いかけて来た。
「さってと。櫻の殺人罪も全てお前の罪。そんな大罪人を軍警がほっとく訳ない。このまま残って軍警と探偵社を敵対させる気か?」
「桃矢!俺たちは____」
「いいとこなんだから怪我人は引っ込んでろ」
ズアッと動いた影鬼が大地と七瀬に向けられた。七瀬を庇うように大地がゆらゆらと動く影鬼の前に立ちふさがる。
禅十郎は大地に殺気のこもった目を向けたのだが、横にいた花に着物の袖を引っ張られて顔をしかめた。
「……次から次へと」
そういった瞬間空気が震えた。
桃矢と禅十郎の反対側の廊下から飛んで来た突風が大地と七瀬の前にいた影に打ち当たると弾き飛ばした。
「おおっし、命中!」
聞き覚えのある歓声が暗がりからあがって大地は幽かに微笑んだ。その声に続くように複数の足音がこちらへ近づいて来た。
「馬鹿。異能者じゃない、影にあててどうすんだい」
「馬鹿」
「紅魅さん。二度言わないで!」
「馬鹿だよねぇ」
「バカヒトには言われたくない」
「なんで俺にはキツいの!?」
「あぁあー、当麻医院こんなに壊して、当麻先生にキレられるよ」
「紅魅さんはお世話にならないじゃないですか」
目の前に現れた探偵社の面々を見て禅十郎は顔をしかめた。
「ゾロゾロゾロゾロ……探偵社ってのは暇なのか?」
「優秀なの。おたくと違って。皆今日の依頼は全部片付いたらしいからねぇ。まだ終わらずにぐずぐずしてるうちの新人と筋肉馬鹿迎えに来ただけだよ」
禅十郎の言葉を挑発するように牡丹が返した。
「姐さん。刺激しないで! 相手【亡霊】のボスですよ!?」
怖いもの知らずの発言に創平がさすがに注意するがそこまで本気で止める様子は無い。
「ビビってんじゃないよ」
牡丹の声はすっかり黙ってしまっている桃矢にも向けられた言葉かもしれない。
「とりあえず、桃矢!こんな馬鹿相手にしないで帰るよ!」
牡丹の良く通る声。
さきほどからずっと沈黙していた桃矢はゆっくり顔を上げた。
「……」
「……俺、帰ります」
「黒尾さんのところに」




