第十三頁 【急転直下 ③】
身体が勝手に動いた。
大地に迫る禅十郎の手を見て、咄嗟の反応だった。
立ち向かおうとしても結局守られてばかりでなにもできない自分に盾という利用価値でも与えようとしたのかもしれない。
しかし、何かがその心理を止めた。
__お前のやる事はそれじゃない。
その言葉で何かが外れた。
桃矢が気がついたとき、目の前にあったのは驚く大地、七瀬の姿だった。腕に傷を負い、血を流している禅十郎だが、痛みなど感じていないように桃矢の姿を見て目を輝かせた。
「おいおい、聞いてねぇぜ……桃矢」
「桃矢くん、それ……」
やけに響く七瀬の言葉で自分の身に起きた変化に気づく。
音が聞こえる。鼻が効く。いままで感じていた五感全ての感度が増したようだ。
そして……
「なんだこれ……」
変化した手に思わずそんな言葉が出た。普通の手とは違う。獣の手のようだが、鷲の鉤爪を足して二で割ったような特殊な形だ。
「なんだお前、自分の異能に驚いてんのか」
唖然としている桃矢に禅十郎が声をかける。その言葉で我にかえった。
「俺の異能……」
「まぁ、なんにせよおめでとう、桃矢。これで桃矢も異能者だ」
冷やかすような口調だがその表情には桃矢を侮っている様子は無く極めて冷静だった。
――異能者……
軽く変化した手を握る。普通に手を握ったのとは全く違う質量と感触。
「……大地さん。ありがとうございました」
大地はその言葉に何か言おうとしたが、桃矢の表情を見て飲み込んだ。
「七瀬ちゃんも。下がってて」
――今度は俺が、
「黒尾禅十郎――――お前を倒す!」
桃矢の言葉に禅十郎は面白がるような馬鹿にするような表情を浮かべ、首を傾げた。
「そんな目覚めたばっかのひよっこの異能で俺に勝てるとでも?」
「……やってみなきゃわかんない!」
その力強い言葉に禅十郎は思わず吹き出した。
「はっ、いいぜ。のってやるよ。ただし相手は――――」
禅十郎だけでなく廊下の影という影が蠢くと無数の黒い塊となってゆっくり立ち上がった。
「――――俺の百鬼だ」
■□
周囲に展開させた影鬼を操りながら桃矢に視線を向ける。
もとの動きが嘘のように機動力が増している。影鬼の攻撃を避けながら、時折接近して攻撃を仕掛けてくる余裕さえ。しかし、接近する相手にも影鬼を盾に使い決して近づけさせない。そうやって桃矢の動きを観察する。大地と二人掛かりでこられたら多少変わったかもしれないが、所詮は体術メインの近距離戦闘型。動きも直線的で読むのも難しくはない。
――攻撃の主体は変化した手での斬撃。
盾にした影鬼を切り裂く姿に目を細める。
すぐにその場に他の影鬼を仕掛けるがその前に逃げられた。死角から迫った他の影鬼にも気づき打撃で避ける。
――力は東郷にも及ばない。が、
フッと殺気を感じ咄嗟に背後の影鬼を盾にする。タッチの差で桃矢の通過した腕が切り裂き、影鬼は溶けるように消えた。カウンターを避けるためにすぐに桃矢はその場を離れた。
――スピードは東郷以上か。
間違いなく大地や路佑と同じ身体能力を強化する異能。
どちらかといえば身体構造を変化させ対応する路佑に近い能力のようだが、
――路佑の鬼とも東郷の人の動きとも違う。
とらえどころのない俊敏で隙のない動き
「野生の獣だな……」
■□
禅十郎が分析する一方で、桃矢も自分の動きに驚きつつも必死に頭を働かせていた。
――この人の異能、百鬼夜行は自分、周囲の影から影鬼を作り出し、操り、攻撃する能力。
子供の遊びにある影踏みのように、自分が踏んでいる領域の影は全て操る事が出来る。
それ故に昼間に遮るような物の無い広い敷地では自分の影の面積しか操る事が出来ないため弱く、逆にこうした影の多い屋内や夜間、影の多い路地裏では全ての影を操り”鬼”に変化させる事が出来る。
形状も自由自在で密集させる事で強度すら自由に変化させる事が出来る。
――でも、あの人の影に触れてない影は操れないし。なにより、
「自分以外の影を操ってる時は踏んでる影を逃がさないようにその場から一歩も動けない」
迫って来た影を踏みつけると、捕らえられる前にそれを足場に思いっきりの力で飛んだ。
ほぼ水平に弾丸のような勢いで飛び出す。禅十郎が進行方向に影鬼を固めるが、その直前で勢いを殺すと姿勢を低くした体制のまま禅十郎を取り巻く影の隙間から懐に飛び込んだ。
――――斬
桃矢の手が禅十郎の胸をかすめ外套を切り裂いた。とっさに半歩引いたために重傷は避けたが、服にジワッと血のシミが広がる。
――いける!
もう一歩踏み出そうとしたが、背後からなにかに首根っこを掴まれると軽々と投げ飛ばされた。
「っ!」
どうにか体制を整えたので壁激突は避けられたが、それでも足にはジンジンとした痛みが走っている。あわてて前を見るが影鬼は禅十郎の周囲をうろうろするだけだった。どうやらうちの一つに投げ飛ばされたらしいというのは分かった。
その中心に立つ禅十郎は身動きもせずにじーっと自分の破れた服を見ていた。浅くとも血のシミは徐々に広がっていたが、腕の時といい傷の痛みなど感じていないようだった。
警戒する桃矢の事などなんでもないように、禅十郎は顔を上げた。
「想像以上だよ」
そう言う彼の顔に張り付いているのは、純粋な笑顔。見る物を不安にさせる笑顔だ。
「まだ上手く扱えてないひよっこの異能で俺に傷を負わせるなんてな」
ぺらぺら喋る禅十郎を黙って見つめる。
長年この人の下で働いて来たからこそわかる。こういう時の禅十郎は何か隠し球があるときだ。
――でも、この異能があれば……俺も
強いまなざしで自分を見る桃矢を見て禅十郎はヘラッと笑った。
「なるほど、桃矢の異能はこれってことか」
その言葉に違和感を感じた。
あきらかになにかを知っている言葉だ。
「??」
桃矢の訝し気な表情に気づいたのか禅十郎は嬉しそうに話し始めた。
「言葉通りだよ。冬月桃矢としての異能って意味」
「……どういう、意味?」
「気づいてなかったのか? てめぇは俺に始めてあった時から異能者だった」
何を言っているのか。
桃矢が禅十郎にあったのは桃矢がが九才のとき。その頃は異能どころか、身体能力もなにもかも双子の櫻に及ばなかった。
「そんなわけ……」
「異能の名は――【君子豹変】」
「な、なんでそんな事知って……」
混乱する桃矢に禅十郎は笑顔で言い放った。
「知ってるさ。お前から聞いたんだから。なぁ――――――櫻」
「!?」
禅十郎の言葉にバッと振り返るが、そこには誰もいなかった。
「……櫻なんて」
「なに言ってんだ?」
「櫻はお前だよ。」




