blood03.
…ギシッ…
ベッドから起き上がった雪刃はマントを羽織り、静かに外を見つめた。
変わらない藍色の空。浮かぶ綺麗な月。
「…来るわね」
くるりと振り返ると悠兎のそばに近づきそっと口づけた。
「…行ってくるわ、悠兎。武運を祈ってて」
雪刃はそう呟くと窓から飛び立った。
あの森へ向かうために。
「よくきたわね、雪刃姫様?」
「あなたに決着をつける。莉音」
「ふっ、決着ですって?あなた自ら殺られにきたってことでいいかしら?」
直後、ナイフが飛んできて雪刃の頬を掠めた。血が滲んですぐに赤くなる。
「莉音。あなたは間違ってる。私を殺したところでなにもならない。この国がまた新たに国を治める者を立てあなたを殺しにくる。憎しみが全てあなたの元へくるわ」
「だからどうなの。もしそうなってもクローンがいる。最恐のね。あの二体を使えば国ごと滅ぶ。それで人々は飢える。全て完璧な計画よ。」
「話しても無駄なようね、莉音。ならばっ…」
それからのことはよく覚えていない。莉音が笑う声とともに意識は薄れ、雨が降ってきて濡れたことくらいだ。
ああ、私は負けたんだとそう思った。数時間で暖かい腕があたしを包み城へと運んでくれた。多分その腕は…悠兎…
珱華「母様が殺られた!?……っ」
悠兎「ああ、しばらく休養と安静だそうだ。…って珱華、どこにいくつもりだ?!」
珱華「そいつを倒すわ!星悟と一緒に!母様の仇をとる!」
星悟「僕も珱華姉ちゃんと同じだよ。仇をとって黙らせる」
悠兎「…お前たち、相手の強さをわかってるのか?雪刃が殺られたんだぞ!?」
珱華「そんなの、やってみなきゃわからないじゃない!星悟行くわよ」
珱華は悠兎の制止を振り切り星悟を連れて城を出て行った。
珱華「莉音!いるんでしょう!?出て来なさい!母様の仇、とらせていただくわ!」
星悟「姉さん、あぶない!避けて!」
珱華「え?!…っ!」
短剣が飛んできて星悟が素手でそれを受け止めた。ポタリと血が滴り落ちる。
珱華「し…星悟!!」
星悟「大丈夫だよ、姉さん…これくらい。姉さんは莉音を…」
珱華「だめ!一緒に倒すのよ!!あなたを置いてなんて…」
星悟「いいから…。先に行って、姉さん。武運を祈ってるよ」
珱華は唇を噛み締め、わかったと言うと先へと進んだ。
しばらく進むと古ぼけた城に着いた。
莉音「あの姫の小娘か。なにをしにきた?死に場所でも探して迷子か?」
珱華「あなたを倒すわ!!」
莉音はふっと笑むと笑った。
莉音「倒す?この私を?無理だろう、お前の力では。小娘、よく聞け。お前にはあの姫ほどの力もない。欲しくもならぬ。用はないのだ。殺られて帰るくらいなら今引くがいい。あの小僧とともに城へ。」
莉音は身を翻すと古ぼけた城へと消えた。
取り残された珱華の手足は震えていた。
悠兎「珱華!こんなところにいたのか…星悟から先に行ったって聞いて……珱華?大丈夫か?」
珱華「……」
珱華は震えたままへたりと地面に座り込んだ。あのまま居たら殺されただろうか。恐怖心が一気に抜け、安心した感覚がする。そんな気がした。
悠兎は黙ったまま珱華の手をひき、自分の城へと帰ったのだった。
翌朝。珱華は目が覚め辺りを見渡した。いつもと変わらない広い部屋。物心ついたときから絵本のおとぎ話に出てくるような生活が始まった。姫候補の王位継承者として、優雅な暮らしを知り、経験してきた。勇ましい母の背中もずっとみてきた。
ー珱華は自慢の娘よ。だいじなだいじな宝物だわ。ー
母様はそう言ってくれた。でも…。
珱華「…力がないなら意味なんてない。」
拳をぎゅっと握りしめる。母様を守りたい。
珱華は強く決意すると悠兎の部屋へ向かった。
悠兎「莉音を倒す!?珱華、お前…」
珱華「大丈夫、私が必ず倒す。魔蠣姉妹も、クローンの双子も。星悟とともに倒す。お父様お願い。莉音の元へ行かせて。必ず戻ってくるわ。」
星悟「父さん、俺からもお願いだ。姉さんとともに行かせてくれ」
悠兎「……わかった、2人がそこまで言うなら行かせる。けど、帰ってきたら王位継承者として式典に出ろ。お前たちがこれからの新しい国の姫と王子だ。それから…」
言いかけたとき、扉が開いた。
雪刃「珱華、星悟。行くならこれを。」
雪刃は珱華と星悟の前に跪くと2人に翡翠が埋められたペンダントと赤い石が埋まった指輪を渡した。
珱華には赤い石が埋まった指輪を、星悟には翡翠が埋められたペンダントをそれぞれ渡した。
雪刃「2人に武運と幸運を」
雪刃はそう言って星悟にペンダントをかけ、珱華に指輪をはめてあげた。
悠兎「王位継承者、夜空珱華、星悟。行ってこい。この国を守るために。」
珱華と星悟は頷くと部屋を出て行った。