お母様とお姉様
目が見えるようになってから知った窓越しに見える何かの木の、桃色の花がいつの間にか散って葉だけになり、陽の光を浴びてその明るい緑を主張している。
この世界も四季があるならもう産まれてから半年が過ぎる頃だろうか。
時が過ぎるのは意外とはやい。
私が生まれた世界の風習なのか、それとも家族が過保護なのか、未だに家の外に連れていってもらったことがない。
というか部屋の外にすら出たことがない。
だっこはしてくれるが誰もそのまま外に連れ出してくれないのだ。
やっと見えるようになったのだから早く外に出て色々なものを見たくてベッドから出ようと思うのだが、…まだ私は寝返りすら打てないのだった……。
眠って起きてお母様のお乳を飲んでまた眠って…熱を出して寝込んで、昼間に長く起きていられるようになって…やっぱり熱を出して寝込んで……。
そんな日々をひたすらに過ごしているあいだに私の心が体に引き摺られているのを感じた。
夜泣きは我慢できているけれど朝や昼間に目が覚めたときに誰もいないと、不安だったり寂しかったりして泣き出してしまった。
お母様はそんな私をあやしてくれる。
それがとてもとても嬉しくてしあわせ。
私が高校生になっても甘えん坊だったこともあって赤ん坊らしい赤ん坊になっていると思う。
こんな幼い自分に不安を抱いていたがまさかこんなところで役に立つとは思わなかった。
そんなこんなで今日もお母様の愛を堪能する。
「あむ、むぅ?あうぁー!う?」
意識しなくてもすらりとでてくる赤ちゃんらしい言葉にお母様は微笑ましそうにほっぺたをつついてくる。
「ふふ、私の可愛いアルフィ。大好きよ」
――ちゅっ―
ひゃあっ!
も、もちろんキスも忘れずにね。
恥ずかしいけど、すごく嬉しい
「おかあさま、わたしは?アイリは?」
私が寝かされているベッドを覗き込んでいたお姉様が可愛らしい声で私も私も、と甘える。
「あらあら、アイリ?もちろん貴女も大好きよ?2人とも私の大切な娘なんだから!」
ちゅっ!
早くこの世界の言葉を理解したいと思っていた私は、その意志と前世の記憶があることも相まってか何度も会話を聞くうちにするすると言葉を覚えることができた。
前世の記憶と混ざって難しいかと思われたが若い脳は順応性が高いようだ。
この調子でそのまま魔法とかも覚えたい……とかはまだ思わない。
まだ寝返りも出来ない赤ん坊に魔法や魔術を教える人なんて先ずいないだろう。
こっそり調べにいくのも不可能だ。
でも気になるのは事実。
取り敢えず寝返りを打てるようになってから体内の魔力を感じる練習をしてみようと思う。
私の好きだった小説に書かれていたように魔法といえば魔力が存在するだろうから。
「あむぅー、なぅ…ぁー…」
お母様とお姉様の会話を聞きながら考え事をしているとまた(・・)肌寒くなってきた。
なんだか体も怠い。
元々動かしにくい赤ん坊の体が更に重たく動かしにくくなってきた。
きっと熱が出始めたのだと思う。
何度も同じ状況になっているうちにすぐに分かるようになってしまった。
半年(推測)のうちの三分の一は熱がてている気がする。
多すぎやしないか。
赤ん坊の特徴なのだろうか?
さすがに赤ん坊の頃の前世の記憶までは無いからよく分からない。
どうなんだろう、うーん
考えながらうんうん唸っているとお母様の手が額と首に触れた。
少しだけひんやりした。
「あら大変、またお熱が!…高くなる前に支度しなくちゃいけないわ。アイリ、何時もごめんね。少し離れている間見ていてくれる?何かあったらそのベルを鳴らしてちょうだい」
そんなお母様の言葉に小さなお姉様は何時もどおりしっかり頷くと私の小さな手をそっと握った。
「はい、おかあさま!きちんとみます!たいせつな、いもおとだもん!」
その言葉を聞いたお母様もひとつ頷いて部屋を出ていった。
「あるふぃ、あるふぃ、だいじょうぶ?わたしがいるよ、ちいさなあるふぃ」
お母様がいなくなったあと、お姉様はいつものように声をかけてくれる。
熱で火照りはじめる体に不安がでてきて心細くなる私にとってその声はとても嬉しかった。
「あーぅーぁ!」
ありがとう、ありがとう、ちいさなお姉様
いつもありがとう、大好きなお姉様
まだしゃべれないから伝えられないのはちょっと寂しいけど、お姉様の手をきゅっと握り返すと嬉しそうに笑ってくれた。
…そういえば、半年って寝返りができる頃だよね。
私まだできないんだけど……大丈夫かな
ふと、家庭科で習ったことを思い出して眉間に力を入れると、お姉様の手が顔に向かってきた。
つん、つん
「だいじょぶよ、だいじょうぶ。がんばって、あるふぃ」
私の眉間に優しく触れてそう声をかけられて、眉間の力がゆるゆる抜けていく。
お姉様の優しさに、人それぞれ成長の差はあるんだから大丈夫だと思うことができた。
いつもそばにいてくれるお姉様にほっとして、その手にすり寄るようにして目を閉じた。