もういちど
これでプロローグはおしまいです
『あげはは選ばれたんだ』
夜一は申し訳なさそうにそう言って語り始めた。
事は、幾重に時代を重ね長い間成長し続けていた世界がここ数百年成長を止めてしまった事から始まる。
世界にはそれぞれの大神が定めた理が存在し、その理に沿うようにして命の循環が成されている。大神が自身の世界に干渉出来るのは世界が歪まないように生命の流れを調節するときと、世界に魂を送り込むときのみであり、一度世界に送り込んだ魂の運命を意図的に変えることは今回の様な(・・・・・)例外を除いて、出来ない。
世界は神の手ではなくその世界の中の神に送られた魂が絡み合うことで変化し成長していく。
しかし何時からかその魂の絡み合いが一定化し変化が止まってしまったのだ。
変化の永い停滞は世界を消滅へと導いてしまう。魂が世界の自然の変化に追い付けなくなったり、負の成長から脱け出せなくなったりしてしまうのだ。
このままでは世界の危機だと立ち上がった大神たちが試案したのが、《世界間革命計画》と呼ばれるものだった。
《世界間革命計画》とは、その名の通り世界と世界との間で繋がりをつくることで世界を動かそうという計画である。
それは極めて危険な計画であり、しかし良い意味でも世界に大きな影響を与えることができる計画でもある。
この計画を始動するにあたり世界と世界を繋ぐ、つまり異なる世界に渡る魂を選ぶこととなった。
世界が生まれてから初の試みであるため、まず実験として一世界から一人ずつ送り込むことになり、夜一は選ばれた魂を迎えに来たのだ。
つまりあげはは幾つもの世界で同時に行われることとなった実験の実験台の一人に選ばれたのだ。
一気に聞かされた私は喜んでいいのか悲しんでいいのかよく分からなかった。
申し訳なさそうに俯く夜一を見ながら考える。
私は今までただひたすら逃げて生きてきた。
そしてその逃避の積み重ねで死んだ。
そんな自分が他の世界に送り込まれたところで何の役にも立てないだろう。
実験台となることよりも役目をもって生きていくことが私にとっては重みだった。
「こんな私が役に立つ?何もない私が役に立つ?」
私は怖れた。
『……役に立つか、立たないかではないんだ。あげはは新しい世界で一人の人間として生きていくだけでいい。その魂そのものが既に世界に影響を及ぼすから』
夜一は不安げに視線を寄越した私にそっと笑いかけてくれた。
『すまないな、あげは。これだけは変えられない。私でも止めることは出来ない』
そんな夜一の言葉を聞きながら、私にはもうひとつの考えがあった。
今までたくさん逃げてたくさん後悔してきた。
今回選ばれたのはもう一度生きるチャンスを与えられたということなのかもしれない。
今度は少し変わった生き方ができるかもしれない。
世界が違うなら今まで見たことない様なものも見られるのかもしれない。
それに、選ばれたから私の記憶は消えないのだ。
前世のことも、夜一のことも忘れないでいられるのだ。
ある時母が言っていた。
『いいことも、嫌なことも、全部楽しめばいいのよ。嫌なら嫌なりにエンジョイしちゃいなさいな』
結局それをする前に私は死んでしまった。
それをするチャンスかもしれない。
自分が変わるチャンスかもしれない。
「ねえ、夜一。私、もう一度生きれるかな…。今度はもっと前向きに生きれるかな。私ね…、本当はもっと生きたかっんだ」
自分で自分を確かめるように、ぽつりぽつりと言い、少しカサカサする手を膝の上で握る。
「私の性格の根っこは変えられないかもしれないけど……私は、暗いばっかりじゃないもん。楽しいこと好きだよ。暗く沈んでるばかりが私じゃないの。暗い私も私だけど、それだけじゃないんだよ……。だから、その、えっと……」
自分の気持ちが言葉に出来ないのはやはりもどかしい。
自分でも何を言っているのか分からなくなってきた。
夜一はそんな私の言葉を頷きながら大切に受け止めてくれた。
『今回の試みは初めてだから何が起こるか分からない。…故に危険も伴う。私は出来る限りのサポートをしよう。世界を歪める様なことは出来ないが側にいることはできる。あげはが世界に溶け込めなくなる可能性があるから常にとは言わないが、言葉を交わすことも出来るよ。限度はあるが助言も計画上で認められている。……私の、私の大切なあげは』
夜一の声はとても心地よく温かく、それだけで私の心を軽くした。
実験台に選ばれた魂は渡る世界を選ぶことが出来るという。
私は魔法のある世界を選んだ。
「私、魔法使ってみたいな。魔術とか魔法とか…違いはよく分かんないんだけど」
『ふむ』
私は小説や漫画が好きで魔法を使ってみたいと幾度も思っていた。
それがただの空想ではなくなるかもしれないのだ。
「色んな魔法使ってみたいなぁ~。浮いたりできるかな。瞬間移動とか、火がボッてなったり水とか氷とか操ったり…他にも色々あるよね。ゲームとかでは物造りに関する魔法もあったっけ…どうだっけ?」
思い浮かべるだけでわくわくしてくる。
ぽん、と何もないところに物を出してみたりとかもしてみたいな。
「あ、でも戦争真っ只中とかはちょっと…こわいなぁ。そういうので家族が死んじゃうのは辛い。またすぐに、私が先に死ねば…とか、思っちゃいそう…。そこで変われたら…いいんだけど…いろいろ(・・・・)、怖いし……」
『ふむふむ。なかなか難しいが探そう。本当に何が起こるか分からない……。とは言えやめることも出来ないから…』
自分を世界に送ることを戸惑う夜一に小さく笑う。
いつの間にか決意はできていた。
あり得ない話が続いて逃げたわけじゃない。
ちゃんと自分で考えた。
考えなくても結局は行かなければならないけど、勢いに流される前に自分で考えることができた。
「大丈夫。私、今度はちゃんと考えたから、何かあってもそれは夜一のせいばっかりじゃないよ。私と夜一と、全世界のせいだ!ね、そうでしょ?」
『ふふ、すごいなあげは。私が励まされてしまったよ』
またぎゅっと抱き締めてくる夜一の背中に腕を回して、その腕をきつくしめた。
『うっ!ちょ、ちょっと、あげはや、く、くるしい』
「本来の私はこんな感じなの!まぁ、暗いのも私の本来のなんだけどね、暗いばっかじゃ無いんだよ。怖いけどね、ワクワクしてるの。私ってちょっと、いやかなり変わってると思うから…多分なんとかなるよ。暗くなってもまた頑張ってみるよ。……ふふふ」
ぎゅうぎゅうと抱きつきながら、ついでに顔を夜一の胸に押し付けてその柔らかいのを堪能した。
夜一は夜一でそれが嬉しそうにしていた。
きっと私が笑っているのが嬉しいからだと思う。
『さあ、そろそろだ。右手を出してごらん』
ソファーに座り直して姿勢を正した私はそっと右手を差し出した。
その手を包み込んだ夜一の手は温かくて、すらりとした細い指には程よく肉がついていて綺麗な大人の手だった。
小さな私の手はすっぽり収まった。
目を瞑った夜一が何か言うと光の粒が私のからだを包み込んだ。
眩しさに目を瞑ってもちゃんと夜一に手を繋がれている感覚が私の背中を押した。
お母さん、
お父さん、
ことはちゃん、
夜一、
「いってきます」
『いってらっしゃい。…また会おう』
真っ白な空間から、あげはの姿が消えた。