夜一
お昼寝の夢のなかで、私は雪のなかを走り回っていた。
姉のことはと手を繋いで笑いあっていた。
そんな私たちを少し離れたところで父の俊也と母のゆずはが見守っていて。
母のところに駆けていくと急に空気が変わった。
姉と繋いでいたはずの手は離れていて、母は目の前にいない。
『あげは…』
っ!?
声に振り向くと背後に3人が悲しそうに立っていた。
「お母さん?」
びっくりして声をかけても答えてくれない。
「お父さん?ことはちゃん?」
3人とも答えてくれない。
なんで?どうして?
わたしが、もうしんじゃったから……
みんな、雪を見て悲しんでる。
私たちは毎年雪が降るのを楽しみにしていたのに。
今は…―――――
『あげは』
「えっ!?」
『久しいな。もう1年か』
「よ、夜一!!」
耳元で声が聞こえた。
次いで何かに包まれるような感覚がして、それは夜一だった。
不安で一杯だったあのときに背を押してくれた夜一だ。
余りにも突然の登場で、もし会えたら伝えたいとこの1年に思った言葉も何処かへ飛んでいってしまった。
「どうして、ここ、私の夢だよね。し、死んじゃった訳じゃないよね?」
驚いてふらついた私を抱き締める夜一に背中を預けながら顔をあげて目を会わせると一瞬驚いて、そして私を支えてくれた。
『驚かせてすまない。大丈夫。生きているよ。なかなか会いにいけないからな、良い機会だと思って』
「良い機会?」
聞き返すと夜一はひとつ頷いた。
『前世の家族に伝えたいことはあるか?』
まさか、
『そのまさか、さ』
意地悪い笑みを浮かべて言う夜一はやっぱり神様というより人間らしい。
咄嗟に返事が出来ずにいると説明してくれた。
『例の計画によって前世の記憶があるものには前世に言葉を送る権利があるんだ。なんで今かって思ったろ。計画のなかに“転生後1年以降に前世の夢を見たとき、前世の大切な人に言葉を送ることができる”という決め事があるのさ』
「す、すごい…そんなこと出来るの…。え、あれ?でもその言い方だと夢を見たときはいつでも言葉を送れるってこと?それって、嬉しいけど奮発しすぎじゃあ…」
そんなことありなのかと疑問を投げつけてみれば、大丈夫だという。
『実は、あげは達転生者には夢のリミッターがあるんだ。前世の夢を見すぎて前世に引きずられてしまうと新しい生に馴染めなくなる危険があるからね。だから実際に言葉を送ることが出来るのは3年に1、2度程度だよ。まあ、どれだけ前世に想いがあるかで変わってくるけどな』
ということらしい。
私の預かり知らぬところで継続している計画に感謝したい。
死んでしまった事実は変えられなくても、実験体に選ばれたことでこうして2度目の生と、前世に言葉を送る権利を与えられたというのは感謝してもしきれない。
そしてまた夜一と会えたことも。
どうしてか、やはり夜一といると、1年も会っていなかったのに今までずっと一緒に過ごしてきたみたいに感じる。
ああ、それは夜一が会えなくてもずっとそばにいてくれたからなのかもしれない。
「夜一」
『ん?』
「…ありがとう」
『……ああ。私こそ、ありがとう。こうして名を呼ばれるのは、やはり良いな。あげはの声で呼ばれるのは、良いな…』
「えへへ。どういたしまして」
そういえば、今の私は“あげは”だ。
姿形、声もすべて。
こうして“あげは”と呼ばれるのも、良いかもしれない。
特別な感じがして。
久しぶりの夜一を心行くまで堪能して、家族への言葉を考えて、なんだか上手く出てこなくて、でも今はこれで良いかと思った。
「じゃあ夜一、お願いします」
何となく背筋を伸ばして姿勢を正して言うと夜一も表情を引き締めた。
『確認するが、家族全員に向けてでいいんだな』
「はい。お父さんと、お母さんと、ことはちゃんに」
『分かった』
―――……ィ……アル……
「あっ」
―……アルフィ、そろそろ…起きなさい…
「お母様だ!」
『ははっ、大好きなんだな』
何処からか聞こえてきたお母様の声に声をあげると、夜一が微笑ましそうに言った。
「うんっ!も、もちろん夜一もだよ?」
『あっはっはっ、そう焦るな。家族を大事にするんだぞ』
おばあちゃんみたいな夜一。
どんな夜一も素敵だなぁ。
「はい、もちろんっ!」
『よしよし。じゃあ、またな。また会おう』
夜一がその綺麗で神秘的な手(というか神様の手だ)で頭を撫でてくれる。
お母様のともお母さんのともまた違ったあたたかさがあった。
「うん。またね、夜一」
まるで引っ越してたまにしか会えない友達みたいだとふと思った。
*** ** *** ** ***
お父さん、お母さん、ことはちゃん
元気ですか
あげはは元気だよ
私は新しいところでちゃんと生きてる
だから安心してね
それと、親不孝者でごめんなさい
いじけてばかりで、最後の方なんてもう酷いものだった
だけどそんな私をずっと育ててくれた
私はとても幸せものだね
なんかまだ上手く言えなくて、歯切れ悪いけど……
お父さん、お母さん
私を産んでくれてありがとう
ことはちゃんと姉妹にしてくれてありがとう
私の親になってくれてありがとう
ことはちゃん
私と姉妹になってくれてありがとう
たくさん遊んでくれてありがとう
たくさん教えてくれてありがとう
みんな、
私を愛してくれて
ありがとう
産まれてきて良かった
本当に、そう思ってるよ
あ、それとね、またいつか、話せるとき
新しい世界で大きくなったら
こっちのことたくさん教えるよ
こっちの世界には魔法があるんだよ
気になるでしょ
えへへっ
待っていてね
読んでいただきありがとうございます!
2016/2/19 訂正しました
ゆずは→ことは
あげはの姉→ことは
あげはの母→ゆずは
となっています。
読者様に指摘していただきました。
感謝です!