08
「ところで、ひとつ聞いてもいい?」
病院を出てから少し歩くと、ナディアはくるりと振り替えってビアンコの前に立った。それが自分に対する問いだと気づいたビアンコは「なんでしょう?」と歩みをとめて答える。
「ビアンコさんって、ビアンコ・アフィニティーだったりその辺の血縁者だったりするの?」
「?」
ナディアの質問の意味が分からなかったのか、ビアンコは頭にはてなを浮かべる。それでも頭の中で何度かナディアの質問を繰り返すと理解することができたのか、少し納得したような顔をしつつ答えた。
「いえ……私の名はビアンコ・ネーヴェです。アフィニティーという方は知りません」
「そっか……」
ナディアは少し残念そうにした。そこで黙っていると、ビアンコだけではなくロレーナやスメールチがどうしてそんな質問をしたのか、という顔をしていたので、慌てて答えた。
「ちょっとビアンコさんってネロ君に似てるなーって思ったんだよ。それで、もしかしたらって」
それを聞いてスメールチとロレーナは納得したような顔をした。ビアンコは当然分からずに首をかしげたのだが。
「確かにビアンコさんってネロ君が女の子になったみたいな感じだよね。もしかして、ネロ君と同じようにヴァンパイアだったりして」
「え……?」
ビアンコは驚いたような顔をした。見た目からも、名前からもビアンコがフィネティア人だということは最初からわかっている。恐らく、ヴァンパイアなど人間以外の種族に馴染みがないのだろう。つい二年前まで魔術や隣国シャンテシャルムを忌み嫌っていたような国だ。無理もない。
「そういえばぁ、ビアンコさんは、どこから来たんですかー? それにぃ、どうしてここに?」
「そういえばそうだね。こんなフィネティアの端っこに来たって何もないのに」
あるのは山だけだよーとナディアは笑った。
「私は――」言葉を選びながらビアンコは質問に答えようとする。「根なし草といいますか……旅、というか、各地をフラフラしているんです。そうしたら、ここに辿り着いて」
どうしてと言われても困ると言った風にビアンコは言った。そして曖昧に笑う。その曖昧な笑い顔が三人にネロを連想させた。ネロの笑った顔を見たのはいつが最後だっただろうか。そんなことをしんみりと考えてしまう。それほどまでに似ていた。しかし思い出にはいつまでも浸っていられない。ビアンコが身内ネタについていけず困惑してしまうのもそろそろ不憫だ。ロレーナはそう考え、落ち込みかけた表情を柔らかなものに戻した。それから、ふと思ったことを口にする。
「寝泊まりはぁ、どこで?」
「野宿です」
即答だった。スメールチに同じような質問をしたときはそんなものか、と思ったのだが、同じような答えでもビアンコの場合は色々と不安にさせた。スメールチは男で、ビアンコは女なのだ。
「女の子が一人で野宿ってぇ……どうなんでしょう……」
困りましたぁ。とロレーナは頬に右手を当てて言った。別に困るのはロレーナではないと思うのだが。
「なんか、そういう心配の仕方って母親みたいだよね。ロチェスさんに似合ってるんだけどさ」
「うーん……あ、こうしましょうー」
スメールチの呟きを無視してロレーナはビアンコと向き合う。
「ビアンコさんがぁ、私の家に泊まればいいんですー。そうしたらぁ、なにも危なくありませんー」
「え、でも……」
「遠慮なんてしなくていいですよー。それにぃ、私の家にきたらぁ、毎朝焼きたてのパンが食べられますよー?」
「え、いいなぁ! あたしいきたい!」
セールスポイントのパンにつられたのはビアンコではなくナディアだった。右腕をまっすぐ上に伸ばして主張している。そんなナディアにロレーナは容赦なく言った。
「ナディアちゃんはだめですぅ。今日は家に帰ってゆっくりしてくださいー」
「ええええ……」
がっくりとナディアは項垂れた。尋常じゃない落胆っぷりだ。どれだけ焼きたてのパンに思い入れがあったのだろうか。確かに、パン屋の焼きたてのパンはとても魅力的なのだが。
「でも……うーん…………あの、シャワーはお借りできますか?」
「? 当たり前じゃないですかー」
口元に手をあて、真剣に悩み、ロレーナに質問するビアンコ。彼女のなかで様々な葛藤が生まれているようだ。
そんな脳内の戦いも終わりを告げ、ビアンコは答えを決めたようだ。うつ向いていた顔を上げてロレーナに結論をいう。
「あの、お世話になります」
ペコリ。頭を下げてそう言った。野宿ではシャワーを浴びられないという深刻な問題があったのだが、それを解決できるということが何よりも魅力的だったようだ。
「ええ、もちろんですー」
ロレーナはそう言って微笑んだ。隣で未だ項垂れているナディアのことはこの際無視しようと心のなかで思いながら。