07
それから、ナディアが目を覚ましたのは五時間後のことだった。時計はすっかり天辺を通り越してしまっている。
「……ん? ロレーナ?」
目を覚ましたナディアの第一声はそれだった。状況が分からずキョトンとしてしまっている。この状況を作り出したのが自分だとも分からないのだろう。
吸血コウモリ云々の話がおおよそまとまった後、チェルヴィ医師は「そンじゃァ、後頼むわ」とか言いながら手を振り、どこかへ行ってしまった。ここは彼の職場兼自宅なのだが、一体どこにいってしまったのだろうか。そもそも、こんな昼間から仕事を放棄していいのだろうか。
残されたロレーナたちはナディアが目を覚ますまで待つことにした。看病をしようと思ったが、ナディアの寝息があまりにも安らかだったのでその必要はないという結論に落ち着いた。むしろ、看病することでその眠りを妨げてしまうのではないかという思いすらあった。妨げるのが憚られるほどにナディアは気持ち良さそうに寝ていたのだ。
そんなナディアの様子に安堵しつつも、ロレーナの顔は怖いままだった。開かれた目はどこか虚ろで、ほんの少しの狂気を感じる。収まることのない怒りがそうさせてしまっているのだろう。きっとロレーナは犯人をどう見つけようか、どう報復しようか。そんなことを考えているはずだ。
スメールチは座っているロレーナの斜め後ろ、壁に寄りかかっていた。ロレーナの変わり様に少し呆れつつ、腕を組んで目を閉じていた。彼が睡魔に誘われるまま寝ていたのかどうかは分からない。スメールチは感情を全くと言って良いほど表に出さないが、ブランテの件では激怒したのだ。二年の付き合いではあるが、ナディアに何も感じていないわけではない。
ビアンコは、そんな二人をちょっと離れたところから眺めつつ、帰るわけでも、何をするわけでもなくただそこに居続けた。壁にも寄りかからず、座りもせず、ただ、直立。三人の中では一番彼女が不気味だった。
目を覚ましてまず最初にそんな三人を見たら誰だって戸惑うだろう。更に無言の重い空気が流れている。
「あの……ロレーナ? あと、ルッチーさん……? あとそこのあなたは誰……?」
不安と圧力に押し潰されそうな声でナディアは言う。このまま誰も反応しなかったら、ナディアは泣いてしまっていたかもしれない。そんなことはなかったが。
「ナディアちゃん!!」
ロレーナが叫んだのかスメールチが叫んだのか、それとも二人とも叫んだのか。二人はナディアが目を覚ましたことに気が付くと、今までの表情や空気をどこかにやってしまった。
「な、ナディアちゃん、気分は悪くないですか? あと……あとは……そうだ、どこか痛むところは? 大丈夫ですか?」
「落ち着いてよロレーナ……。なんでそんなに慌ててるの?」
あたしは元気だよ? と不思議そうな顔でナディアは言う。その一言に、スメールチとロレーナも不思議そうな顔をした。
「うーん、ナディアちゃん。ここ、どこかわかる?」
「うん? うーん……あれ? ここ、どこ? あたしの部屋じゃない! なんで!?」
「今気付いたんだね……」
「そもそもなんで三人があたしの寝起きを!? なんで!? どうして!? 何が起きた!」
「落ち着け」
えい。とスメールチがナディアの頭を軽くチョップした。ナディアは「あいたー!」とか騒いでいるけれど、元気なことに間違いはないようだ。そんなナディアにロレーナは思わず笑みを漏らしてしまう。さっきまであれだけ怒っていたというのに。
「ナディアちゃん」自分に苦笑しつつロレーナはナディアに言う。「ここはぁ、ジェラルド君の家……病院ですー」
「病院!?」
ナディアはすっとんきょうな声をあげた。
「ナディアちゃんはぁ、倒れてたんですー。それを、そこにいるビアンコさんが運んでくれてー」
ナディアに視線を向けられると、ビアンコは軽く会釈した。たったそれだけのことで、すぐに視線はロレーナに戻されるものだと思っていたのだが、何故かナディアはビアンコをじっと見つめ続けていた。
そんなナディアを不思議に思いつつもロレーナは話を進める。今はビアンコのことよりもナディアのことが優先だ。
「ナディアちゃん。あなたは誰かに襲われたんです。覚えて、いますかー?」
「襲われた……?」
ナディアは眉を寄せる。なにも覚えていないようだ。
「うーん……あたし、昨日の夜お店を出てからの記憶があんまりない……かも」
「襲われたショックとかなのかな?」
「そんなにあたし怖い思いしたのかなぁ?」
三人で唸ってみるも、答えは到底出そうになかった。三人よれば文殊の知恵という言葉は、どうやらこの場合適用されないらしい。
「うーん、まあいっか。あたし普通に元気だし。心配かけちゃってごめんね?」
考えるのが面倒くさくなってしまったのか、ナディアはふにゃりと笑って曖昧にする手段に出た。ナディアらしいといえばナディアらしい。ロレーナはそんなナディアの笑顔に、ついつい癒されてしまうのだった。