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その後完全にネロの服を奪ったビアンコは、開店時間になるとそれを着てカウンターに立っていた。ネロの代わりをするためだったのだ。元はネロであるため、料理の腕前的な問題は全くない。今日も店は賑わっていた。
ビアンコに身ぐるみ剥がされ仕事まで奪われたネロは部屋でふて寝することにした。ビアンコの気遣いを少しだけ有り難いと思いながら。
「いかなる理由があっても脱がすのはどうかと思うよ!」
まだ微妙に赤い顔をしたナディアがビアンコに言う。ビアンコは涼しい顔でカクテルをシェークしながら「ウブですね」と言うだけだった。
「う……っ、ね、ネロ君だって結局自分の口から言わずに花言葉で告白してるじゃん! 人のこと言えないよ!」
「それとこれとは話が別です。それに主と私は別人です。あんなのと一緒にしないでください」
「分身……ですよねぇ……?」
ネロと同じ味の料理を振る舞いながらそんなことを言われても説得力の欠片もなかった。そもそも、ロレーナの言う通りビアンコは分身であるから別人も何もないのだが。
ネロはナディアの言う通り、告白もプロポーズも花束を渡すことで済ませていた。ロマンチックと言えばロマンチックだが、ヘタレ過ぎる。しかし花が好きなクリムはそれで満足しているようだった。プロポーズの際に使われた白いバラは、スメールチに仕入れるよう頼んでもらってまで絶やさないように花瓶に飾られ続けている。クリムはバラを見る度にそっと微笑んでいた。
会話が途切れたタイミングを狙ったかのように店の扉が開く。現れたのはロドルフォとスメールチだった。
「ルーナさんが妊娠したって聞いたんだけど」
スメールチの第一声にその場が一瞬固まる。少ししてから、店内は喧騒に包まれた。ジェラルドのシスコンっぷりは相変わらずだが、それでも二人は夫婦としてそれなりに幸せな日々を過ごしているようだ。恐らく、それはこれからも続く。
「……結婚、ですかー……」
喧騒の中でロレーナがポツリと呟いた。ロレーナには結婚どころか恋人が居たこともないので、自分には縁遠い話だと思っているのだろう。そんなロレーナに他とは少し違った視線を送るスメールチには気付いていない。目敏く気付いたナディアは、ニヤニヤしつつも黙っていることにした。いつか親友が自分で気づくその日まで。
「なんか重いと思ったらお前かよ! 頭の上には乗るなって言ってるだろ」
「こう上から眺めるってのも面白いんだぜ? 例えば、ロドルフォの頭とか」
「尚更乗ってんじゃねえよ」
店内の隅ではロドルフォとブランテがそんなやり取りをしていた。ずっとどこか元気がなかったロドルフォだが、騒がしい息子二人が帰ってきて、更に娘も一人増えることになったため、落ち込んでいる暇がなくなったらしい。ロドルフォは元気を取り戻しつつあった。ずっとそれを気にかけていたアドルフォはロドルフォの様子に安心したらしく、今はトリパエーゼを離れて『爆ぜる暴れ馬』として活躍している。
「……寝れない」
自室でネロは小さく愚痴を溢した。スメールチの一言で店が盛り上がってしまい、その声で起きてしまったのだ。
「あれ? 寝てなくていいの?」
なんとなくそうだろうと思っていたクリムは、ネロが完全に起き上がったタイミングを見計らって部屋に入った。
「寝るなってことかな……ビアンコにやられっぱなしも癪だし、起きるよ」
「体調は?」
「なんとかなるさ」
我慢する気満々のネロにクリムはため息をつくしかなかった。しかし、そこがネロらしいと思っているのだろう。
「それにしても」ネロは言いながら日が当たるというのに窓際に立った。少し苦しそうな表情を見せるが、そのまま続ける。「随分植えてたんだね。綺麗に咲いてるよ」
一緒に窓の外を見ながらクリムは「うん」と嬉しそうに頷く。「前までは一瞬で咲かせられたけど、努力して咲かせる方がいいなって最近思ったの」
二人の前には色とりどりの花が咲き乱れている。クリムが魔女としての力を失った今でも、そしてこれからも、花たちは季節ごとに綺麗な花をつけていくだろう。それが、二人の象徴なのだから。
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