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話が落ち着いたところで、リヴェラは大きなため息をついた。そしてつまらなそうにこう続けた。
「なんだ。ただ悪ぶってるだけの馬鹿じゃん」
かなり口が悪い。それはネロのことを指しているのだろう。もし、ネロが本当にどうしようもない奴だったとしたら、リヴェラはどうしていたのだろうか。ネロを殺すという発想に至ったのだろうか。事実がすべて晒された今、どうなるか分かるものはいない。
「どんなしょうもない奴が犯人なんだろうって思って来たのに全く期待はずれだったよ」
そう言う割には嬉しそうなリヴェラ。その顔は微笑を浮かべていた。
そしてリヴェラは突然立ち上がり、出口に向かって歩き出す。
当然、その行動に疑問を抱いたナディアが問いかける。
「あれ? リヴェラ君どこにいくの?」
「帰ろうかなって思ってさ」
「今から?」
もう辺りは大分暗くなっている。鉄道で帰れるのかもしれないが、下手したら鉄道で一泊することになるかもしれない。
「もう少しゆっくりしていけばいいんじゃないかしら」
「いいんだよ。俺はやりたいようにやるのがポリシーなんだ」
そう言ってリヴェラはドアノブに手をかけた。それから笑顔で最後にこう言った。
「あとはみんなでよろしくやってよ。またね」
パタン。と静かに閉じられた扉。その『またね』が恐らく来ないだろうということに気付いたものは何人いただろうか。
「……またあの子の名前、聞き忘れちゃったわ」
「聞いても答えてくれねぇと思うけどな」
ルーナとロドルフォがぽつりと呟くように言った。二人はリヴェラトーレという名前が偽名であることを知っていた。本名を知らないまま別れてしまった以上、今後彼をこちらから探すことはほぼ不可能だろう。特徴的な髪色も隠されてしまえば意味がない。
「……下手したら記憶、消されるかもしれないな」
ブランテはネロの隣でネロだけに聞こえるように言った。ネロがブランテの顔を見ると、こっそりとブランテが知ったことを教えてくれる。
「あいつから魔力を感じたんだ。しかも強めの。下手したらネロよりも有るんじゃねえかな」
シャンテシャルム、トイフェル、トリパエーゼ、フィネティアの四種の血が混ざった少年。結局彼の正体はなんだったのだろうか。そして、その目的も知ることはできない。魔を激しく憎む彼は、魔に近い存在であるということは確かだった。
そこからはグダグダだった。全員が酒を飲み始め、雑談を交えつつ時折クリムやネロに本当かどうか分からない微妙な嘘をついて騙して楽しむ。そんなことがずっと続いた。ロレーナとナディアは、ずっと気になっていた空き瓶コレクションと大量のドングリについてネロに訊いたが、はっきりとした回答を得ることはできなかった。これからもあの二つは用途が分からないままネロの部屋で眠り続けるのだろう。
「……酔った」
店から出て、夜風に当たりながらネロは気持ち悪そうに言った。スメールチやジェラルド、そしてルーナに無理矢理飲まされたのだ。酒好きな三人のペースについていけるわけもなく、元々アルコールに弱いネロはダウン寸前だった。
「明日は二日酔い確定だな」
ブランテはそんなネロに笑って言った。ネロは何でお前がついてきているんだ、という視線を送る。どうやらブランテは本当にネロに憑いてしまったため、あまり離れることが出来なくなってしまったようだ。代わりに、ネロの居場所ならいつでもどこでも分かるらしいが。
「……ごめん、ブランテ」
ネロはブランテの顔を見ずにポツリと謝罪の言葉を口にした。その意図がなんとなく分かっているブランテは、何も言わずその言葉の続きを待つ。
「本当は、生き返らせたかった。こんな、中途半端な形じゃなくて、ちゃんと……そうしたら、ブランテも一緒に飲めたのに」
その横顔はとても悲しそうだった。ブランテも思わず眉間にシワを寄せてしまう。
言いたいことは色々あった。きっとこれからも、不平不満を漏らしたくなるときが多く訪れるだろう。だからこそ、ブランテはあえて明るく楽観的にこう言った。
「生きてるって感覚が欲しくなったら、そのときはネロにでも憑依してどうにかするさ。ネロだったら俺が主導権を持てそうだしな」
「なんだと?」
そして二人は笑い合った。こうしてまた会話ができるのだから、既に自分たちは幸福だろうと思いながら。




