10
六時を過ぎた頃、その後一回家に帰っていたロレーナがパンを持ってロドルフォの店に現れた。その後ろにはジェラルド、ルーナ、リヴェラの三人もいる。呼んできたのだろう。
「復帰祝いですー」
ロレーナはそう言って抱えていた大量のスフォリアテッレをクリムの前に置いた。クリムは目を輝かせながらじっとロレーナを見つめた。まるで、これを全部食べていいのかと訊いているように。
「で? 犯人の顔を拝みに来たんだけどどこにいるのさ」
やや不機嫌なリヴェラが刺々しい口調で言った。自分はあっていたのだと自己主張しているようだ。そんなリヴェラにルーナはそっと耳打ちをした。
「犯人じゃないけど、あそこにいる女の子は不老不死の魔女よ?」
「えっ」
リヴェラはクリムを二度見した。どこからどう見てもスフォリアテッレを頬張る十六歳ぐらいの少女にしか見えない。
「え……ルーナ、この人俺の二個上ぐらいにしか見えないけどババアなの?」
「……、誰がババアなの!」
聞き捨てならないと言わんばかりにクリムが叫んだ。しかしその前にしっかり口に含んでいたスフォリアテッレは飲み込んでいる。行儀がいい。
「じゃあお姉さんって一体今幾つなのさ。よく考えれば聞いたことないんだよね」
「えっと……十六歳で年齢が止まったから……」
スメールチの今更とも言える質問に考え込むクリム。何年生きているか覚えていないようだ。
「一体ぃ、クリムちゃんはぁ、何年前に生まれたんでしょう……」
「その前に不老不死って途中でなるものなの? どうなのよ」
「お、終わったことはもうどうでもいいの!」
これ以上追及されては困ると言わんばかりにクリムは叫んだ。しかしその発言が逆に疑問を産むことになってしまう。
「終わったってぇ……どういうこと、ですかー?」
首をかしげる面々を代表してロレーナが訊く。クリムはしまったという顔をしてから、その発言の意味を説明した。
「私はもう魔女じゃないし、不老不死でもないの。『花言葉』も使えないし……普通の、女の子になったの」
クリムは少し嬉しいような、寂しいような笑顔を浮かべた。ずっと嫌いだった自分の不死性。しかしずっと付き合ってきたそれをある日突然手放すというのは、一体どういう気分なのだろうか。
「不老不死ってそんな簡単にやめられるものなのかしら……」
「普通は無理だと思うの。でも、私は一度死んで生き返ったから。流石に、不老不死の魔女は創れないと思うの」
「そもそも生き返るってところに突っ込むべきだよね」
いいことだけどさ、とスメールチはウォッカを傾けつつルーナとクリムのやり取りに口をはさんだ。実は既に三杯目のウォッカなのだが酔っている気配は微塵もない。ルーナが羨ましそうな視線を送ったが、ルーナの嘔吐物をローブに食らったことのあるスメールチが睨んでそれを制止した。
「お、ネロ起きたか……ってどうした、なんか疲れてねえか?」
拳を構えかけたロドルフォが二階から降りてきたネロに心配そうに言った。確かに顔色が悪い。身体もどこか重そうだ。
「なんか、憑かれたっぽい」
「そうか……ならもう少し寝てたらどうだ?」
「いや、目は覚めてるんだ。寝てどうにかなるもんでもないし」
「あん?」
「ん?」
ここで二人は微妙に会話が噛み合ってないことに気づいた。どうしてそうなったのか、それを先に理解したのはネロだった。そして、今自分に起きている現象を分かりやすく伝えようと考える。
「なんか、この辺にいるっていうか……肩が重いんだよ。取り憑かれてる方の憑かれてる、なんだけど」
「えっ、幽霊ってこと!?」
「ば、バカね、そんなものいるはずがないじゃない!!」
ネロの説明に慌てて立ち上がったのはナディアとルーナ。その反応はどうみても霊を怖がっている。
「主、それの正体分かりました」
逆に、それに臆せずネロに近付くのがビアンコ。「今全員に見えるようにしますね」と言って拳を構え、ネロの頭上に向けて放った。そこには何もないはずなのだが、何かを殴ったような鈍い音がした。
「痛い? それはよかった。私は魔力の塊ですから、貴方のようなものにも触れられるのです」
ビアンコは殴った何かと会話をするが、その何かはまだ見えていないためビアンコが独り言を言っているようにしか聞こえない。
「これからは主に魔力を貰ってください。ロレーナさんだと……多分浄化されますね」
少し会話をした(独り言をいった)後でビアンコはそう言って何もない空間を掴む。そして力を込めた。
すると、徐々に何もなかった空間に人の形が浮かび上がる。それが誰なのか確認できるようになった瞬間、ネロは沸き上がる歓喜と共にその名を叫んだ。
「ブランテ!」
クリムに続いてブランテ・エントゥージアも奇跡の復活を果たしたのだ。ただし、ブランテは幽霊という形でだが。




