09
「積もる話もあるだろうけどとりあえず帰るかい? 夜に山を下るのは流石に危ないからね」
スメールチが言い、ビアンコが「その方がいいですね」と同意した。そこでようやくネロはビアンコの足から解放されることになる。
「帰るけど、ちょっと待って」
スメールチとロレーナが部屋の出口へ向かって歩き出したところで、ずっと黙っていたナディアが何かを決意したような顔で言った。そして出口とは逆方向に歩く。その先にはネロに手を貸すクリムがいた。
「クリムちゃん」クリムの正面に立つと、クリムの目を真っ直ぐに見てナディアは言う。「ごめんなさい」
「…………?」
突然頭を下げたナディアにクリムはついていけていない。どうして自分は頭を下げられているのだろうかと考え、記憶を探る。
「あたし、あのとき、酷いこと言っちゃった。でも、やっぱり……」
「分かってるの」
ナディアが全てを言い切る前にクリムは答えを出した。どうやらお目当ての記憶は見つかったらしい。
「ナディアの想ってきたことも、全部分かってるの。だって、今の私の記憶には、ナディアの記憶も入ってるんだから。だから、もう謝らなくていいの。それから……、ありがとう」
ロレーナと仲直りできてよかったね、とクリムは笑った。それに思わずナディアはうるっと来てしまう。
「……泣きそうなの?」
「ち、違うもん! 花粉症だもん!」
「家の中なのに?」
「じゃあ埃のせいだもん!」
「今までぇ、なんともなかったですよねー?」
「ロレーナまで参戦しないで!」
いつもの調子で騒ぐナディアを見てクリムは満足そうな顔をする。「これでこそナディアなの」という声はネロにしか聞こえなかった。
◇
その後、六人は仲良く山を下った。行きよりも時間がかかってしまい、ロドルフォの店につく頃には真上にいた日が少し傾いていた。
「おじさーん、帰ったんだけどあけてくれない?」
スメールチが大きめの声で中に居るであろうロドルフォに言った。中から反応がなかったので、軽くドアを蹴ると「分かったって」と返ってきた。「いるなら最初から反応してよね」
「なんだ、自分で開けらんねーくらい荷物でも持ってんのか?」言いながらロドルフォはドアを開け、スメールチの後ろにいた人物を見て固まった。「は……」
「なに間抜けな顔してるの。ちょっとそこどいて欲しいんだけど」
「いや、だってお前、嬢ちゃんが……」
「ただいま、ロドルフォ」
一歩前に出たクリムをロドルフォは頭から爪先までじっくりと観察するように見る。
「……足、は、あるな……」
「当たり前じゃん。昼間だよ?」
どうやらクリムの幽霊という説を疑ったらしいロドルフォをバカにするようにスメールチは言ってから、ロドルフォを押し退け勝手に中に入った。そしてそのまま二階に上がろうとする。
「いきなり部屋か?」
「ちょっと置いてきたくてね。いい加減重いんだよ。全く、気持ち良さそうに寝ちゃってさ」
寝る? とロドルフォは首をかしげた。よく見れば、スメールチはローブをちゃんと着ておらず、羽織っている。なのにローブは不自然に膨らんでいた。それがなんとなく人の形をしていることにロドルフォは気付く。
「誰を拾ってきたんだ?」
「お兄さん」
「は?」
スメールチは詳しい説明をしないまま、事態を理解できていないロドルフォを放置して二階に上がってしまった。ネロをおぶって山を下ってきたのだ。立ち話なんてしている余裕はとっくに無くなっていたのだろう。
「あのアホはヴァンパイアになったので太陽の下で活動できないのです」
突然隣に現れて補足説明を始めたビアンコにロドルフォは驚く。数拍おいてから「復活できたんだな」と状況を掴んだ発言をすることができた。
「はい。アホ主がご迷惑をおかけしました」
「主って……ネロのことか。なるほどな」
ネージュとやけに似ている理由がやっとわかったとロドルフォはため息をついた。どうやらずっとモヤモヤしていたらしい。
「……まあ、なんだ。ネロが起きるまでゆっくりしててくれ。話はそっからでいい」
そう言ってロドルフォは右の指をバキバキと鳴らした。
「一発殴らねえと、どうも話が入ってこなさそうなんでな」
ロドルフォはそう言って苦笑してみるが、元騎士団という肩書きのお陰で恐怖を煽る結果になっていた。ビアンコの顔は青ざめてしまっている。記憶などの大元はネロだから、ロドルフォの現役時代などをよく知っているのだ。
「……意識が飛ばないといいですね」
「安心しろ。意識は飛ばない程度に全力で殴るつもりだ」
どこにどう安心したらいいのか分からなかった。




