08
クリムの復活には主に三つの要因が絡んでいた。
一つ目はクリムが生命を司る魔女だったということ。彼女は己の不死性を弱めるために命を創り続けていた。つまり、クリムの創った命はイコールでクリムの魔力ということになる。クリムの魔力はクリムの寿命。モンスターたちがクリムに命を返すということができたのも、そのためだ。
二つ目はクリムが自分を犠牲に助けた相手が、ネロが魔力の扱えるヴァンパイアになったということ。ネロは自分の魔力と、人の血と、クリムに関する記憶を使ってクリムの身体を作り上げた。ネロの魔力の大元はクリム。ここにも、元クリムの命が関わっていたことになる。
三つ目は強引なこじつけになってしまうかもしれないが、死ぬ直前のクリムの一言が関わっている。そのときクリムは『私の願いを叶えて』という花言葉を持つ『花菱草』の魔術を発動していた。そこにポツリと漏らされた「もう少し生きたかった」というクリムの『願い』。願いとしてカウントされ、二年後の今発動したという少しロマンチックな理由があってもいいだろう。
これら三つはクリムでなければ起こらなかっただろう。クリムだからこそ復活することができた。裏を返せば、ただの人間であるブランテにはこのような要因が絡まないため復活することはできないということになる。
しかし、それでも作って確かにそこに存在したブランテの身体が無くなってしまったというのはおかしな話だ。一体、ネロが作ったブランテの身体はどこに消えてしまったのだろうか。
「……ああ、そうだ。もう一人忘れてたね」
ようやく泣き止むことができたネロは思い出したように言い、床に静かに手を置いた。そして少し力を込めると、黒い影のようなものが現れる。影のようなものはぼこぼこと波打ち、段々立体的になっていく。
最終的に影は一人の女になった。
「……ビアンコちゃん」
少し嬉しそうにロレーナがその名を呼ぶ。しかしどういうわけかビアンコは顔を伏せたままで、ロレーナの方を向こうとしなかった。
まさか、一度消えたことで記憶がリセットされてしまっているのだろうか。ロレーナはそんな事態を考えてしまう。
「……あのときの自分が恥ずかしいです……」
ぼそぼそと言うビアンコ。どうやらロレーナの心配は杞憂だったようだ。
「おかえりなさい、ビアンコちゃん」
過去を悔やむビアンコにロレーナはそう言って笑った。ビアンコは「ただいま、でいいんでしょうか?」と困ったように言ってからくるりと身体の向きを変える。ビアンコが向きを変えた先にはネロがいた。
「主……」立ち上がったネロに神妙な面持ちのビアンコは言う。「歯、食い縛ってください」
「え?」
次の瞬間、ビアンコの右足の甲がネロの顔面を捉えていた。それは鮮やかな上段蹴りだった。
受け身などとる暇さえ与えられなかったネロは力の向きに従って飛び、無様に床に倒れる。ビアンコは蹴るだけでは気がおさまらなかったのか、更にうつ伏せになったネロの頭をグリグリと踏んだ。
「えっと……」
「これだけで勘弁してやることに感謝してください、アホ主。皆さんにはもうちゃんと頭を下げましたか? 下げてませんよね? 一体どれだけ迷惑をかけたと思っているのですか?」
ネロの頭を踏みつけたままビアンコは言う。その淡々とした口調が妙に怖かった。
「しかもあの演技はなんですか。失敗しそうだったから諦めたんですか? それにしたってロレーナさんに殺してもらおうなんてどんな精神をしているんですか。バカなんですか? 主の脳味噌は思考ができないほどにスッカスカなのですか?」
ビアンコの罵倒は尚も続く。一応ネロのことを主と呼んではいるが、忠誠の欠片も感じられなかった。
「まあまあ、ビアンコちゃん。そのぐらいでぇ、許してあげてくださいー? ネロ君に騙されちゃったぁ、私が悪いんですからー」
「……良かったですね、アホ主。ロレーナさんは許してくれましたよ。代わりに私は許しませんがね」
「ねちっこいな!」
「それが私にする態度ですか?」
思わず突っ込んだネロの頭をビアンコは更に強い力で踏む。これではどちらが主なのか分からない。ナディアやスメールチはそんなビアンコに若干引いていた。
そんななか、クリムだけが違う感想を持つ。
「ネロが女の子……?」
間違ってはいないが、今抱くには大分場違いな感想だった。




