07
「クリ……ム……」
抱き締められたネロの目から一粒の涙が零れた。堪えようにも堪えきれず、そこからせきを切ったようにボロボロと涙が零れていった。
「……お兄さんの二年間の目的はこれだよ」
そんな二人を微笑ましげに見ながらスメールチは自分が実際に見て知ったことを話し始めた。
「お兄さんは、お姉さんを生き返らせようとしてたんだ」
◆
時は少し遡る。
ロレーナたちと別れて二階に上がったスメールチは、一番奥の部屋から見ていくことにした。そして、一番最初の部屋でそれを見つけることになる。
部屋の真ん中に置かれた、蓋の空いた棺桶。そこには赤と黒のなにかが満たされており、一人の少女が浸かっていた。
「……お姉さん?」
呼び掛けてみるがクリムは反応しない。生きているわけではなさそうだった。
なんとも言えない微妙な気分でスメールチはクリムの身体を見る。これをネロが創ったと考え付くのにそう時間はかからなかった。「バカだなぁ」と無意識のうちにスメールチは呟く。
『――ソコ、の、ミドリ、のお兄サン』
不思議な声がした。とてもぎこちないしゃべり方だ。声の主を探そうと辺りを見回すが、スメールチとクリムの身体以外、この部屋には何もない。
『ソッチ、じゃナイ、ヨ。コッチだヨ』
何かがスメールチの右腕に触れた。見ると植物の蔦が動いていた。それを見るなりフラッシュバックするあのときの記憶。思わず身構えてしまう。
『落チ着いテ。ボクたち、ハ、ナニもしなイ、ヨ』
植物型のモンスターはそう言って二本の蔦を天井に向けた。なにもしないという意思表示のつもりだろう。恐らく蔦は手の代わりだ。
『お兄サン、二、お願い、したイん、ダ。聞いテ、クレル?』
「……内容によるかな」
スメールチはそう言いながら他のモンスターを探した。『ボクたち』と言うからには少なくとももう一体はモンスターが居なければおかしいのだ。
『アノ、ネ、ボクたち、これカ、ラ、恩返しヲするンだ』
「恩返し?」
『ソウ。ボクたち、ヲ、創っテ、くレタ、ソの人二、命ヲ返すンだ』
命を返すとは一体どういうことなのだろうか。なんとなく想像はつくものの、スメールチの中の常識がそれを否定してしまい答えを導き出すことはできない。
スメールチの疑問などお構いなしに植物型のモンスターは続けた。
『ダ、カラ、ソの人ガ、起キ、タラ、ヴァンパイア君ノところ二、連れ、テ、行ッテ、欲しインだ。ボクたち、ハ、モウ、居ナいカラ』
その言葉を聞いてスメールチはハッとした。粒のような光がいつの間にか棺桶の周りに集まっている。まるでクリムの魔術のようだ。命の魔術は全てこういうものなのだろうか。
『あア、ソウダ、借りテ、タ、記憶ハ、返しテ、オイタ、ヨ』
ゴメンネ。と最後に植物型のモンスターは言って、満足そうに光の粒となり棺桶の周りの光の一部となった。
集まった光は一つの小さな球体となると、棺桶の中へ入っていく。そのままクリムの胸へ落ち、光の球体はクリムの身体へ沈んでいった。
光が消える。
そのときスメールチは棺桶の中をしっかりと見ていたわけではない。だから、棺桶に満たされていた赤と黒のなにかが光と一緒に消えたのを知らなかった。そのため、光が消えても何も起こらなかったと勘違いをしてしまう。
「……そんな、都合のいい出来事なんて起こらないってことかな」
勘違いしたまま、スメールチは少し落胆したように棺桶のとなりに座り、クリムの顔を見る。クリムの顔はピクリとも動かない。
「――俺が犯人だよ」
そんな声が微かに聞こえた。声は下から聞こえる。懐かしい声だ、とスメールチは思った。
下の声は会話を続ける。スメールチはそれを黙って聞いていると、会話の内容がおかしいということに気付いた。
「お兄さんは隠し通すつもりなのかな……」
「なにを?」
寂しげに呟くスメールチの声に反応する声があった。これもまた懐かしい声で、スメールチはそれに飛び上がるほど驚いてしまう。
「……お姉さん?」
「久しぶりって言っていいのか微妙な気分なの」
曖昧にはにかみながら、クリムは言った。さっきまで棺桶に横たわっていたクリムが。
それはクリムが復活を遂げたことを意味していた。
◆
「いい加減泣き止んで欲しいの」
声もなくただ涙を流し続けるネロにクリムは困ったように言った。しかしネロの涙は止まりそうになかった。
「じゃあ、ネロ君はぁ、ずっとクリムちゃんの身体を作るために血を……」
「記憶もお姉さんのためだろうね。人の記憶を寄せ集めて作れるってところが不思議だけど」
一方でロレーナは完全に困惑していた。事実を知ったことで、今まで激怒していた自分を思い出してしまいとても恥ずかしくなる。自分はなんて検討外れな怒り方をしてしまったのだろう、と。
「まあでも、その記憶も返したって言ってたから問題ないんじゃない? ねえナディアちゃん、記憶は戻ったかい?」
恥ずかしそうに顔を覆うロレーナにそう言いつつスメールチはナディアに訊ねる。ナディアは「うん」と頷くが、とても複雑そうな顔をしていた。どこか納得していないみたいに。
「どうかしたかい?」
「うん……あのね、あたしの記憶は、確かに戻ったんだけど……」
ちらりとクリムとネロを見ながら、ナディアは少し言いづらそうに思ったことを口にする。「どうしてブランテ君の記憶までとられてたのかなって……」
その瞬間、ネロが顔を伏せた。とても分かりやすい反応だ。スメールチはそれで全てを察する。
「まさかお兄さん、ブランテ君も作ってたのかい……?」
ネロは顔を伏せて、誰とも目が合わないような状態のまま少しだけ頭を縦に動かした。肯定だった。その後、やや遅れてからとても小さな声でこんなことを言う。
「……ブランテの身体は無くなっちゃったみたいだけどね」




