03
山道は意外にも整備されていた。
ネロが散歩がてらこの山に入っていたぐらいなのだからそうであってもおかしくはないのだが、勝手に辺鄙なところだと想像していた三人は面食らってしまった。ただし、多少整備されているとはいえ山は山。何も準備をしていないロレーナとナディアには多少酷な道のりだった。
この道を歩きながら探すのか……と気が遠くなりそうになりながら歩いていると、三人は変わった蝶が一瞬目の前を横切ったのを見た。それに即座に反応したのはスメールチだった。
「こんなところにフェアリーってことはお姉さんのフェアリーだよね。探して追いかけるよ」
そう意気込んだはいいものの、フェアリーの姿はどこにも見当たらなかった。スメールチはチャンスを逃したか、と小さく舌打ちをする。
しかし悲観的になるにはまだ早かった。フェアリーの姿は見当たらなかったが、居なくなったわけではなかったのだ。
「痛いっ!?」
悲鳴をあげたのはナディアだった。涙目になりながら頭皮を抑えている。「うう……ぶちっていった……」と嘆いていたので、恐らく髪が抜けたのだろう。
「きゃっ!?」
次に髪に異変が訪れたのはロレーナだった。ロレーナの縛っている長い後ろ髪が不自然な角度に持ち上がり、引っ張られている。どう考えても自然現象ではなかった。
「さっきのフェアリーさん、でしょうかー……。あのぅ、私たちはぁ、あなたたちを攻撃しに来たわけじゃなくてぇ……」
そう言いながら相手をさらに安心させる目的でロレーナが翼を出そうとすると、後ろに引っ張られていたロレーナの髪が今度は前に引っ張られた。そしてそのままぐいぐいとロレーナを何処かへ連れていこうとする。
「ちょっと、待ってくださいー! そんなに慌てないで……え? 『早く来て』?」
なんとか掴まれていた髪の毛を解放させると、今度は右腕が引っ張られる。転ばないよう、フェアリーが引っ張る方向へ歩きながらロレーナはそう聞き返した。不思議なことに、フェアリーは一言も言葉を発していないが、肌で直接触れ合うことにより意思の疎通が出来たのだ。
「た、確かにぃ、私は飛べますけどー……いえ、案内してくれるのは嬉しいんですがー、私だけじゃなくてぇ、二人も連れていってもらえませんかー? あのぅ、二人は人間なんですー」
スメールチとナディアにはロレーナが突然流暢な独り言を言い出したようにしか聞こえない。しかし意思の疎通ははっきりとできているようだった。
ロレーナの言葉を聞き終えると、ロレーナの右腕を引っ張る力がなくなった。フェアリーがロレーナの腕を離し、何処かへいってしまったのだ。
一体どうしたのだろうかと考えていると、すぐにフェアリーは戻ってきた。ただし今度はフェアリーだけではない。フェアリーは後ろに二匹のミニドラゴンを引き連れていた。
「えっとぉ……『乗って』だそうですー」
控えめにミニドラゴンの頭を撫でながら、ロレーナは彼らの言葉を二人に伝えた。二人が「え?」とすっとんきょうな声をあげ、その後しばらく戸惑ったのは言うまでもない。
◇
花畑へはすぐに辿り着いた。三人はその中にポツリと建つ小さな二階建ての家の前に連れてこられ、『早く行け』とミニドラゴン二匹とフェアリーに強く背中を押される。
「行くしかない、みたいだね」
急すぎる展開に流石のスメールチも戸惑っていた。しかし流石はスメールチと言おうか。戸惑いながらも既に足は家の中へ向かっている。迷いは無さそうだった。
「誰が居るんだろうね。ビアンコさんの主か、それともコウモリの犯人か」
「どうしてぇ、フェアリーさんはあんなに急いでいたんでしょう……」
「行ってみれば分かるよっ!」
そんなやり取りをして、三人は家の中へ入っていった。そして目の前に現れた二回へ続く階段と、右側に伸びる廊下の前で立ち止まる。
「どうする? 二手に別れてみるかい?」
ローブの中からマシンピストルを取り出しながらスメールチが言った。用心のためとはいえ物騒である。
「そうですねー……一緒に行動するのもぉ、効率が悪いですしー……」
「じゃ、決まりだね。僕は上を見てくるから二人は下をお願いできるかな? 何かあったらすぐに逃げていいからさ。僕は僕で何かあったら床を爆破してロチェスさんたちに合流するから安心して。一応合図はするから気を付けてくれればいいよ」
「はいー。わかりましー……え、爆破ですか?」
聞き間違えだと思いロレーナは聞き返したが、スメールチはヒヒヒと笑いながら階段を上っていってしまった。どうやら冗談でもないらしい。
「……ここ、クリムちゃんの家なんだよね?」
「そのはず……なんですけどー……」
爆破されないことを祈るしかなかった。




