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ロレーナは思わず言葉を失った。ビアンコの言葉が信じられない。そんなロレーナの状況を知りつつビアンコは話を続けた。
「半自立式、とでも言いましょうか。私は主の意思がなくとも自由に動くことも、思考することも可能です。主の新しい人格……と言った方が正しいのでしょうか」
困ったように話すビアンコ。困っているのはこっちの方だ、ちょっと待ってくれと言いたいところだったが、口を挟まずに聞いてほしいと言われていたのでロレーナはぐっと堪えた。今は黙って聴いて、後で質問すればいい。そう思ったのだ。
「だから、ここまで自我が成長してしまった。お陰で、凄く苦しい思いをすることになりました。
それで、私が行き着いた結論、ですが……」
一歩、ビアンコは幹から離れた。みしり。 と、あまり太くない枝から不吉な音がした。
「主を、半分だけ裏切ることにしました」
「うら……ぎる……?」
「はい。……私は、主の分身ですから、主が何を考えて私をつくって、何を考えて行動しているのか、よく理解しています。……ですが、あなたたちと出会って、暮らして、それがおかしいものだということも理解しました。だから、半分だけ裏切るんです」
またビアンコは困ったように笑った。それから脳内で何回も繰り返したであろう言葉を口にし始める。
「主は、この近くに暮らしています。季節外れのリコリスを探せばきっと見つかるでしょう。……ただ、その場所には主以外の魔物たちも暮らしています。本来は、魔物たちの住み処でそこに主が住み着いたと言う方が正しいですね。そんな彼らの住み処を、生活を、どうか、荒らさないで頂けませんか」
「……どうして、私が同じ生き物の居場所を奪うんでしょう?」
ロレーナはビアンコのお願いにそう答えて笑って見せた。言われなくとも荒らすつもりはない。そんなロレーナの意思に、安心したようにビアンコは息を吐いた。
「申し訳ありませんが、これ以上は言えません。私は主を半分しか裏切るつもりはありませんから。ですから、探して主を見つけ出してください。きっとそこにはあなたたちの探し物もあるでしょう」
「探し物……」
「はい。見つけてからのお楽しみということにしておきましょう。宝探しです」
宝と言っていいのか微妙ですけど、とビアンコは言い、また一歩幹から離れた。赤い太陽がビアンコの横顔を染める。
「……本当は、私が主の元へ案内した方が良いのでしょう」ビアンコはロレーナの顔を見ずに言った。「ですが、それは出来なくなってしまいました」
ロレーナはその言葉の意味がわからない。ビアンコはじっと遠くの景色を見つめながら別の話を始めた。
「知っているとは思いますが、分身は主の魔力の供給さえあれば、主と共に永久に存在することができます。……しかし、その供給を絶たれてしまったらどうなるでしょうか」
「……それは」
「はい。私にもそのときが来てしまいました。……主に、限界が来たんです。スフォリアテッレだけでもつわけがないって、何度も言ったのに……。主は、あなたがつくるスフォリアテッレが好きだったんですよ」
それは嘘か本当か、ふざけているのか真面目なのか判断しかねる発言だった。そのときビアンコの目から透明の滴が流れたのをロレーナは見た。
「私はもう存在を保つことができません」
ロレーナの顔を見て改めて言うビアンコを見て、ロレーナはハッとした。ビアンコの身体が徐々に透けていっているのだ。
「ですが、主ならまだ間に合います。主を、助けてください」
そしてビアンコはロレーナに顔を向けたまま手を広げ、後ろ向きに倒れた。ビアンコの後ろには何もない。赤く染まる空が広がっていた。
「ビアンコちゃんッ!」
ロレーナは咄嗟に手を伸ばした。しかしその手は届かない。
「――さようなら」
最後にそう言ってビアンコの身体は空に融けて消えた。
その顔は笑っていた。




