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ビアンコを探すため、ロレーナがスメールチと一緒に歩き出そうとすると、聞き慣れない声に呼び止められた。
「ロレーナ・フォルトゥナーテって、あんたのことか?」
黒い髪。綺麗な顔立ちをしたその男は、色男という呼び名が妙にしっくり来た。隣に彼女と思わしき金髪の少女がいるのだが。
「そうですけどー……あのぅ、あなたは?」
「俺は……メリーだ。シュシュ……俺の連れがあんたに伝言を頼まれたらしいんだ」
明らかに偽名だと分かる名を名乗る男。何か事情でもあるのだろう、とロレーナはスルーすることにした。自分の名前は隠すくせに、彼女の名前はあっさりばらしてしまったことについても。
メリーという響きには聞き覚えがあった。確か、ナディアが襲われた日ロドルフォの店で聞いた。あのときのカップルだろう。
「誰からのぉ、伝言ですかー?」
「誰って言われても俺たちは名前を知らないんだが……黒髪の女の子だったよ。みつあみの」
ビアンコだ。ロレーナはほぼ直感でその人物を導き出した。そして、はやる気持ちを抑えつつ、なるべく落ち着いた口調を保てるよう意識しながらロレーナは伝言を聴く。
「『大事な話があるから一人で来てください。木の上で待ってます』……で、合ってるんだよな?」
「はい。そう言われました」
彼女に確認しつつ言う色男と、しっかりと頷く彼女。最初から彼女が言えば良いのでは……と思ったが、それも胸のうちにとどめた。
カップルにお礼を言うとロレーナとスメールチは少し移動してから話し始めた。
「どうする? 僕としては怪しい感じがするんだけど。罠かもよ? 木の上ってどうなのさ。それもロチェスさんだけ呼び出しなんて」
「でもー……行ってみないとぉ、わかりませんよねー?」
それはそうだけど、とスメールチは頭を抱えた。ロレーナに躊躇いなど何もないことに気付いたのだ。止めても行くだろう。
「ロチェスさんだけと話がしたいみたいだから、多分相手はかなりデカい木にいると思う。この辺で一番高い木から探していけばいいと思うよ」
ただ。と一息ついてからスメールチは続ける。
「絶対相手は何か企んでると思うから、油断したらダメだよ。いいかい? なんかあったらすぐに僕を歌で呼ぶんだよ? それで、この前みたいに無茶したらダメだからね?」
「わかってますよー。ふふ、なんだかぁ、保護者みたいですー」
「笑ってる場合なの?」
スメールチはため息をついた。しかしロレーナを見ておどけている様子ではないのがはっきりと分かる。むしろ、ピリピリとした空気を感じた。
「ビアンコちゃんをだしにしているようならー……すこし懲らしめちゃうかもしれませんがー。大丈夫です。ちゃんと、連れて帰ってきます」
微妙に安心できない言葉だった。しかし、ロレーナはそれで満足だったのか、スメールチの言い方では反応も待たず、真っ白な翼を出して飛び立った。
トリパエーゼの中で一番高い木に人影を見た。ロレーナは相手の攻撃を警戒しながら、その木に近づく。
「お待ちしていましたよ」
そこにいたのは、寂しそうに笑うビアンコただ一人だった。枝の上に座ってロレーナを真っ直ぐ見つめている。ビアンコの他には誰も見当たらない。しかし、まだ安心はできなかった。
「私の話を聞いてほしいんです。口を挟まずに、全部。……聞いて、くれますか?」
頷くしかなかった。ここで断ってしまったらどうなるか分からないような恐怖があった。なにより、ビアンコが有無を言わさないオーラを発していた。こんなに威圧感を発するような子だっただろうか。
「昨日の夜から、ずっとここで考えていたんです。……心配、かけてしまいましたよね。ずっとここから見てました。ごめんなさい。
でも、まだ答えが出ていなかったから、ここから降りることが出来なかったんです。本当にごめんなさい。
でも、これだけの時間を掛けたお陰で、答えを出すことができました」
ビアンコはそう言って立ち上がった。幹の近くに座っていたが、ビアンコはそれに掴まらずに立ち上がる。地面から何メートルも離れた枝の上とは思えない行動だった。しかし、危うげな様子はない。風が吹いても揺らぐことは無さそうだった。
「昨日から……じゃ、ないですね。私はこのことをずっと考えていたんです。あなたたちと出会ったときから」
そう言ってビアンコはロレーナに向けて右手を差し出した。その手は少しだけ透けていた。
「……私は、主の……とある人の分身なのです。人間ではありません。魔力の塊と言った方が正しいでしょう」
悲しそうに笑うビアンコの口から飛び出たのはとても信じられそうにない言葉だった。
またしても梅さん著『幸せの定義』より一部キャラクターをお借りしています。ありがとうございました。




