17
ビアンコがいない。そのことに気付くと、ロレーナは朝食も食べずに外へ出た。無論、ビアンコを探すためだ。
彼女は旅人だ。だから突然旅に出てしまったなんて可能性も無くはない。しかし、彼女の荷物はロレーナの家に起きっぱなしだった。その中には寝袋などの寝具も入っているのだ。これを持たずに出ていってしまうとは考えられない。
次に浮かんだのは吸血コウモリに襲われ意識を失い人知れず倒れているということだ。吸血コウモリに二回襲われたものはいない。しかし、二回も襲われることはないという確証もない。現時点ではこれが一番可能性がある。そうなると、彼女を探しだしてあげなければならない。
「……ッ、いない……!」
息を切らせながらロレーナは悔しそうに呟いた。
ビアンコを探しはじめてから大分時間がたったが、彼女はどこにもいない。どこへ行ってしまったのだろうか。
「ん? ロレーナさん? なにそんなに怖い顔してるのさ」
次を当たろうと翼を出しかけたところで、ロレーナに話しかける声があった。リヴェラだ。ロレーナはリヴェラが魔物を心底憎んでいるという話を思い出し、まずいところを見られてしまった、と苦い顔をした。
「そんな顔しないでよ。ロレーナさんがそうってのはちゃんと知ってるし、どうこう言うつもりはないよ。確かに魔物とか大嫌いだけど、誰彼構わずってわけでもないんだから」
へらりと笑って、リヴェラは一歩ロレーナに近付いた。
「あのときは熱くなっちゃって悪いとは思ってるよ? でもあれ、よく考えたら嫉妬だったと思うんだよね。ヴァンパイアが慕われてるって、そのぐらい衝撃的だったんだ」
「……弁解、ですか」
「都合がいいのは子どもの特権だよ」
ドヤ顔で言うリヴェラに呆れてものも言えなかった。
「で、そんなに怖い顔をしてる理由は? 羽も出してるし、何か急ぎの理由があるんだら?」
リヴェラが唐突に話を戻すから、ロレーナは自分のことだというのに一瞬頭がおいつかなかった。質問の意味が理解できず、「え?」と聞き返してしまう。
「だから、なにをしているのって。何かあるんでしょ?」
「あ、ああ……そういうこと、ですか」
二度言われてやっとロレーナは質問の意味を理解する。それと同時に、自分が急いでいたということも思い出した。完全にリヴェラの空気にのまれてしまっていた証拠だった。ほんの少し言葉を交わしただけだというのに。
「ビアンコちゃんがいなくなったんです。……見てませんか?」
「ビアンコさん? 悪いけど、会ってないな」
「……ありがとうございます」
そしてロレーナは用は済んだと言わんばかりに、その場から飛び立った。
太陽が空高く上った頃、ロレーナはまだビアンコを探していた。未だに彼女は見つからない。
「どうして……!」
町のほとんどの場所を探したが、ビアンコらしき人物はどこにもいない。何回か、家に帰っているか確かめてみたが、そちらもダメだった。
「落ち着け」
「っ!?」
突然後ろから軽く頭を叩かれる。ロレーナは一瞬何が起きたのか分からないような顔をしつつ後ろを振り向いた。そこにはいつも通り無表情のスメールチがいた。
「ロチェスさん取り乱しすぎ。自分が魔術使っちゃってたの気付いてないでしょ」
やれやれとスメールチはため息をついた。よく見ればスメールチの後ろに続く地面にはボコボコと穴が空いているように見える。
「感情的になると言葉に物理的に力が加わっちゃうみたいだね。そんなことしててもあの子は見つからないから、まずは落ち着いて」
「あ……」
その言葉のお陰ですっと何かが抜けていくような気がした。ただ、同時に誰かを傷つけてしまうかもしれないという悲しさもあった。
「……違う、今は、私のことは……」
「えい」
どうでもいい。と言おうとしたところでスメールチに再び叩かれた。どうして自分が叩かれなければならないのか、ロレーナはその理由を理解できないまま叩かれた部分を手で押さえた。
「気負いすぎ。ビアンコさんを探してるの、今はロチェスさんだけじゃないから、とりあえず落ち着きなってば。ロチェスさんが犠牲になったところで何も起こらないよ」
「私だけじゃ、ない……?」
「そうだよ。僕のところにはリヴェラ君が探してほしいって言いに来た。ねえ、ロチェスさん? ロチェスさんさ、『誰かが居なくなる』ってことに敏感になりすぎてない?」
指を向けてスメールチは言う。その通りだった。ブランテ、クリムと立て続けにこの世を去り、消失感がロレーナの中にずっとあった。そこに二人の記憶がなくなるという事件、ネロの失踪。ビアンコもこのまま何処かに行ってしまい二度と会えないのではないかという不安がロレーナの中にあったのだ。
「なにマイナス思考になってるのさ。もう少し気楽に考えなよ。少なくともお兄さんもビアンコさんもまだ死んでない」
「……そう、ですね」
「それと、僕たちだけじゃ不満かい?」
そう言ってスメールチは悪戯っぽく笑った。表情筋を動かして、目に見える形で。ロレーナにとってそれは初めて見るスメールチの無表情以外の顔だった。
やっとここで、ロレーナはスメールチが自分を元気付けようとしてくれていたことに気付く。スメールチの言い方ではずっと責められているような気がしていたのだ。
「ごめんなさい。もう、大丈夫です」
ロレーナはそう言って微笑んだ。そしてしっかりと前を見据えて、再びビアンコの捜索を始めた。




