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簡単にドアなど作れるはずもなく、四人はドアについての問題は一旦放置し、手分けして部屋の掃除と捜索を始めることにした。ビアンコが店舗スペースの掃除、スメールチがその奥の部屋、ロレーナとナディアは二階を担当する。
一番最初にクリムが住んでいた部屋に入って二人は一瞬固まった。
「……二階はぁ、特に荒れてはいませんねー」
「なんか色々生えちゃってるのに!?」
確かにスメールチが担当している部屋のように嵐の去ったあとのようなことは起きていない。一階と違い埃が雪のように積もっているわけでもない。ただし、その代わりとばかりに青々とした植物が生い茂り、色とりどりの花をつけていた。どこが床なのか、どこが壁なのかわからない状況で、最早ここは家の外なのではないだろうかと錯覚してしまう。
「クリムちゃんのお花ですかねー」
「魔女ってなんでもありなの……?」
にこにこと笑うロレーナと対照的にナディアはげんなりとした表情を見せる。それからまじまじと咲いている花を見て「でも」と呟くように言った。
「凄く状態とか品質とかいいよ、この花……お店に並べたらすぐに完売しちゃうレベルだよ……育て方を教えてほしいな……」
ナディアらしいといえばナディアらしい、職業病の混じった感想。この場に咲いている花が見事であるのはよく伝わった。
「……ここは掃除するのやめよっか」
「そうですねー」
やや沈黙が流れてから二人はそう結論付けて隣の部屋に行くことにした。
「ここも!?」
隣の部屋もクリムの部屋と同じように植物が生い茂っていた。これにはもう笑うしかない。
「ねえ、ロレーナ。もう二階は掃除しなくていいんじゃないかな?」
よく見ると植物が壁を突き破っていることに気付いたナディアは、それを見なかったふりをしつつそんなことを言った。ナディアの反対側を見ていたロレーナは、その視線の先にまだ小さな、でも確かに成長しつつある何かの木を見つけて「そうですね」とナディアの言葉に賛同した。
「二階はもう、この家の庭ってことにしましょうかー」
「それが一番だね」
つまり二人はいつか帰ってくるネロに全て任せることにしたのだった。
「あれ、二人とももう二階は終わったのかい?」
二回から降りてスメールチがいる部屋にやって来た二人にスメールチは声をかけた。ただし二人からスメールチの姿は見えない。目の前にあるのは荒れた部屋と、積み上げられた物や倒れた家具でできた山だった。
「どっこらせー、っと」
その山から突然スメールチが生えてくる。スメールチの髪の毛は緑色をしているので、二人はさっき見てきた二回の光景を思い出してしまった。
「いやぁ、吃驚したよね。とりあえず通り道を作ろうと思って物を掻き分けてたら自分が埋まっちゃうなんてさ。危なかった危なかった」
全く危機感の感じられない口調。山には本などが含まれており、更に上に家具が乗っかっているので、それの下敷きになったと考えるとかなり危ない状況だった筈なのだが。なんだかんだ丈夫なやつである。
「二階はぁ、手をつけなくても大丈夫そうだったんですー。だからぁ、こっちを手伝いますねー」
「ふうん……? まあ、いいけど。じゃあそっちから見てってくれるかな? 僕はこのままこっちを見るからさ」
こうして三人は手分けして、あまり広くはないひとつの部屋の片付けと捜索を始めたのだった。
◇
「……ねえ、ロレーナ? これってどうしたらいいと思う……?」
困り果てた様子のナディア。どうしたのかと思いロレーナはそちらを向く。ついでに気になったスメールチも顔をそちらに向けた。すると、二人の目に入ったのはナディアの周りある大量の空き瓶だった。
「ゴミにしちゃっていいのかな……? でも、これネロ君のコレクションかもしれないし……」
「コレクションも武器コレクションだよね。捨てちゃえ」
ハッキリと言ってスメールチはナディアの方に大きめの袋を投げた。
「あのー……、私もぉ、困ったものがあるんですけどー」
便乗するようにロレーナは言った。そして、近くにあった小さな袋を手に取り、その中身を見せる。
「この、大量のドングリはー……」
「ドングリ!? 虫わくじゃん! やだ!」
ドングリを見た瞬間飛び上がるナディア。どうやらドングリ虫に嫌な思い出があるらしい。虫が苦手な子どもには必ずある思い出だろう。
「いえ……それがー、全部ちゃんと茹でてあってー……。虫がわかないようにしてあるんですー」
ロレーナが手にとって見せたドングリにはどれも穴が開いていなかった。ドングリ虫はすぐにドングリに穴を開けて出てきてしまうので、このことから中のドングリ虫はみんな死んでいることがわかる。
「ネロ君はドングリを集めてどうしたかったんだろう……想像してみると、ちょっと可愛いけど……」
「いやいや、ナディアちゃん。よく考えてみてくれよ。二十過ぎの男がドングリを拾って集めてるってどうなんだい?」
「それもそうだね……」
どう考えてもとてもおかしな図である。年齢を考えてほしいところだ。幼い子供がいるというのなら話は別だが、ネロは子供どころか結婚も、彼女すらもいない。完全に謎だった。
「瓶みたいに場所はとりませんからー、とりあえずこれはおいておきますねー」
「そうだね。後でお兄さんに使い方でも聞いてみようか」
どんな理由が出てくるのか楽しみだ。とスメールチは言った。もしかしたら本人なりに笑っていたのかもしれない。
片付けに飽きてしまったのか、ふとナディアが部屋の外、ビアンコがいる方を見ると、カウンターの近くでビアンコが突っ立ったまま動かないのが見えた。何かを持っていて、それをじっと見つめているように見える。
「なになにー? ビアンコさんも変なもの見つけたのー?」
変なものと決めつけるナディア。少し失礼だ。
「あ……いえ、その、マントと帽子と、それからブロードソードが置いてありまして……」
くるりと半回転すると、ビアンコは持っていたマントと帽子とブロードソードを見せた。それは、ナディアの記憶には残っていないが、紛れもない、ブランテのものだった。
「……ああ、それ、お兄さんが持ってたんだ」
ポツリと呟くスメールチ。「貸して」と言いながらビアンコの方に近付き、それらを受けとると懐かしそうな目で見た。
「……これは、僕がおじさんに渡しておくよ。ここにあっても埃まみれになっちゃうからね」
そう言ってスメールチは、比較的綺麗だった場所に置いてあるリュックの方へ歩き出した。ロレーナたちに背を向けていたので分からなかったが、もしかしたら彼は少し泣いていたのかもしれなかった。




