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「ろ」
翌日、ロレーナが店の前を掃除しているとそんな声が聞こえたような気がした。
ろ? と思いながら辺りを見回してみると、オレンジ色の物体がロレーナに向かって猛烈なスピードで走っていた。
「ッれぇーなぁぁぁぁっ!!!」
オレンジ色の物体はロレーナまであと五メートルほどの地点で一気に踏み切ると、そのままロレーナめがけて飛んでいく。恐怖を覚えたロレーナはオレンジ色の物体を避けようと思ったが間に合わなかった。
勢いを受け止めて殺せるほどの能力などロレーナには無いため、直撃したオレンジ色の物体と共にロレーナは地面に倒れる。背中を激しく打ち付けて、一瞬呼吸が止まった。
「痛いですよー……ナディアちゃん?」
「ロレーナのバカ! バカバカ!」
オレンジ色の物体はナディアだった。そして聞く耳を持っていなかった。
「バカ!」と連呼しながらナディアはグリグリと頭をロレーナの胸に押し付ける。ロレーナはそれをよしよしと撫でてやったが、その前に先ずは立ち上がりたかった。地面に倒れっぱなしと言うのも恥ずかしい。
「仲睦まじいねぇ」
上から実に微笑ましそうに言うスメールチの声が降ってきた。ナディアがいるせいでロレーナにはその姿が確認できなかったが、近くにいるのは確かだ。
「ナディアちゃん。とりあえず退いてあげたらどうかな? ロチェスさん困ってるよ」
「やだ! もう少し堪能するの! ふふふー、ふっかふかだよー」
「羨ましくないとは言わないよ。僕だって男だからね」
「退いてくださいー。怒りますよー?」
ロレーナの豊満な胸を堪能し得意気な顔をするナディアに、若干の羨望の眼差しを向けるスメールチ。呆れるしかなかった。
なんとかナディアを退かして立ち上がると、ロレーナは背中についた土を払う。途中からいつの間にか後ろにいたビアンコが手伝ってくれた。
それが落ち着いたところで、ナディアは眉を吊り上げて叫んだ。
「ロレーナのバカ!」
「まだ続くんですかー……?」
「だってぇ……」
ロレーナの心配をしていたというのはわかる。しかしボキャブラリーの貧困さが深刻だった。バカしか言っていない。見かねたのかスメールチとビアンコがほぼ同時にに言った。
「いいかい、ナディアちゃん。そういうときは何も言わずにビンタしてみるのがいいよ」
「一応、説教は昨日私が一通りしました」
「バカを連呼するだけじゃ効き目はないからね。お兄さんだってそうだったんだろう?」
「ロレーナさんがバカなのは間違いないです。ビンタならあの場でしてほしかったところですね」
「あ、今僕が言えることじゃないって顔しなかった? ヒヒヒ、男っていうのはそういう生き物なんだよ」
「……まあ、あの状況では近付くのも無理だったとは思いますが。この人も諦めていましたからね」
「とりあえず暫くはロチェスさんを見張ってあげないとね。案外すぐに熱くなることが分かったからね」
「ナディアさん。今度は貴方がロレーナさんを止めてくれますか?」
「……ねえ、ちょっとビアンコちゃん黙ってくれない?」
「それはこっちの台詞です。貴方こそ黙ってください」
睨み合う二人。因みに二人の言葉はほぼすべて重なっていたため、ナディアとロレーナにはまったく聞き取れなかった。
「なんか、いつの間に仲良しさんになってるね」
「そうですねー。いいことですー」
そう言うナディアとロレーナの言葉を違うと否定する二人の声は綺麗にハモっていた。これでは否定も説得力がない。逆に微笑ましい。
「なんかビアンコちゃんって性格もお兄さんに似てる気がするよ……微妙に気が強いところとかさ」
「奇遇ですね。私も今、貴方が知り合いに似ていると思ったところです。たちの悪い知り合いに」
二人は同時にため息をついた。狙っているようで狙っていない奇跡のタイミング。この話題はもうやめたほうが良さそうだ、と二人は判断した。
「提案なんだけど」
そう切り出したのはスメールチだった。ロレーナたちは何も言わずにスメールチの言葉の続きを待つので、スメールチはそのまま続けることにする。
「お兄さんの家、調べてみない? 人の家に勝手に上がり込んで漁るなんてどうかとは思うけどさ、あの荒れ具合なら仕方ない気もするし、ついでに片付けてあげればいいかなって」
「確かにあれは掃除をしないといけませんね」
真っ先に賛同したのはビアンコだった。ただし掃除のことしか頭にない。
「……そうですね。今はぁ、手詰まりの状態ですからー。ダメ元でぇ、探してみましょうかー」
やや考えてからロレーナも賛同した。ロレーナがやるならあたしも、とナディアも言う。
「じゃ、決まりだね。思い立ったが吉日ってことで今から行こうか。みんな仕事は大丈夫かい?」
「今日はぁ、仕事を休めって言われてますからー、大丈夫ですよー」
「あたしは常にサボってるから問題ないねっ」
「ロレーナさんと同じく、お休みをいただいています。……まあ、私は就職した訳じゃないんですけど」
こうして四人はネロの家を捜索するため、掃除道具を持ちつつネロの家に向かった。
ネロの家は、あのときリヴェラがドアを破壊してそのままになっている。風通しがかなりよくなってしまっており、家の中には落ち葉や土などがかなり入ってしまっていた。この前よりも更に汚い印象を受ける。
「……これはぁ、やりがいがありそうですねー……」
「ドアをつくるところから始めた方がいいかな?」
時間と労力がかかりそうだ、とため息をつきつつ四人は作業を開始した。




