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次にロレーナが目を覚ましたとき、ロレーナの視界に一番最初に入ったのは疲れきって尚呆れ顔のビアンコだった。
「起きましたか」
怒っているらしく、その声は冷たかった。
「えぇっとぉ……」
「貴方にとっての明日が今です。ちなみにその明日もそろそろ終わりそうですよ。おはようございます、こんばんは、おやすみなさい」
早口で意味のわからないことを言うビアンコ。とりあえず分かったのは、ロレーナが丸一日寝ていたということだ。
「昨日も言いましたがもう一度訊きます。貴方はバカなんですか? 大人しく逃げればいいのに、あんな無茶して、結局倒れて……」
いつの間にかビアンコの説教が始まっていた。普段はロレーナが説教をする側なので、とても新鮮だった。
「スメールチさんから伝言です。『ヒヒヒ、これじゃあ今度からロチェスさんもお兄さんのことを叱れないねえ』……だそうです」
スメールチの口調を真似るビアンコの言い方が想像以上に似ていたのでロレーナは思わず笑ってしまった。
「なに笑ってるんですか」
「笑う門にはぁ、福が来るんですよー」
「言ってる場合です……、ッ」
そこでビアンコは突然ゴホゴホと咳をした。慌ててロレーナがビアンコの背中をさすろうとするが、大丈夫ですと断られてしまう。
「多分……昨日、叫びすぎたせいですから」
そう言ってややおかしくなってしまった喉の調子を整えるように咳をしてからビアンコは立ち上がった。
「お腹、空きませんか? ちょっと持ってきますね。……えっと、林檎は好きですか?」
「好きですよー」
「分かりました」
まるでその話題を避けるような態度で部屋を出ていってしまうビアンコ。どうしたのだろうか。何か、ロレーナに悟られたくないことでもあるのだろうか。そんなことをロレーナは考えるが、その答えは到底思い付きそうになかった。だから考えることをやめる。
ビアンコが再びロレーナの部屋に戻ってきた。ビアンコの手には皿に盛られた黄色っぽいゼリーがある。
「…………? ゼリー?」
「はい。林檎ゼリーです」
てっきり生の林檎を持ってきてくれるのだと思っていたロレーナは予想外のものを持ってこられて反応に困った。しかし美味しそうなゼリーだ。
ロレーナはビアンコからゼリーを受けとると、何も言わずに一口食べた。
「林檎から作ってみました。どうですか?」
「美味しいですー」
思わず顔が綻んだ。不安そうな顔をしていたビアンコは、その言葉に安堵する。
「ビアンコちゃんはぁ、いいお嫁さんになれますねー」
「そんなことを言う人には、嫌がらせで林檎スープと林檎の煮物と焼き林檎とアップルパイとアップルティーとデザートに生の林檎を食べさせますよ」
「生の林檎だけがぁ、デザートなんですかー?」
ロレーナにはどれもデザートにしか聞こえなかった。甘ったるそうなメニューである。そんなメニューを食べさせられたら、暫くは林檎を見ることすら嫌になるかもしれない。しかし、嫌がらせと言う割にはきちっと美味しいものを作るんだろうな、とロレーナは思った。
「……美味しいから嫌がらせなんですかねー……」
「なにか?」
「いえー。独り言ですー」
ロレーナはにっこりと笑って、また一口ゼリーを食べた。林檎尽くしのメニューは嫌だが、毎日一品ずつ出てくるなら飽きないかもしれない。そんなことを思いながら。
◇
ビアンコはよほど疲れていたらしく、ロレーナがゼリーを食べ終わる頃には船をこぎはじめてしまっていた。そんなにゆっくりゼリーを食べていたわけではないのだけれど……と思いながら、ロレーナはビアンコに今日はもう休むように言った。するとビアンコは、ロレーナの言葉に大人しく従って、「おやすみなさい」と一言だけ言うと直ぐにベッドに潜り込んだ。今はもう安らかな寝息を立てている。
「おや、ロレーナ起きたんだね」
「はいー。ご心配をー、おかけしましたー」
ゼリーが盛られていた皿を片付けにキッチンへ行くと、そこにはフォルトゥナーテ夫妻がいた。二人はロレーナがもう大丈夫だと分かると、安心したように笑う。
「そうだ、ビアンコちゃんに感謝しておきなさいよ。あの子、ロレーナの仕事を代わりに一人でやってくれたんだからね」
「母さんが手伝おうにも、そっちに行っちまったらパンが間に合わねえからなぁ。あの子には助けられたよ」
「そう、だったんですかー」
夫妻の話にロレーナは少し驚いた。それと同時に凄く納得した。だからビアンコはあんなに疲れていたのだ。
明日、ちゃんと礼を言おう。そう決めると、ロレーナも寝ることにした。さっきまでずっと眠っていたのだが、どういうわけか眠気は襲ってくるのだ。まだ本調子ではないからだろう。
「おやすみなさい」
すやすやと眠るビアンコにもそう言ってからロレーナは横になり目を閉じた。




