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ビアンコとスメールチが歌を頼りにロレーナの後を追っている頃、ロレーナは人気のない開けた場所で黒いコウモリと対峙していた。
「観念したってわけじゃ、なさそう……ですね」
そう言ってロレーナは歌うために息を吸い込む。そして歌を放ったとほぼ同時に、真っ黒なコウモリの体積が一気に増えた。ロレーナの視界が黒で塗り潰され、ロレーナはそれに巻き込まれないよう歌で弾く。
体積の増した黒は徐々に小さく、そして形をつくっていく。やがて出来上がったのはロレーナと同じぐらいの背丈をした人間のようなものだった。それには顔がなく、髪の毛もない。人間というよりは、人を模した何かという方が正しい。
黒い人のようなものは、自分の動作を確かめるように手を握ったり開いたりすると少し頷き、そして黒い丸い物体を自分の周りに出現させた。
「魔術……!」
どうやら相手は逃げていたのではなく、ここにロレーナを誘い込みたかったらしい。本気で戦うために。ロレーナはそれにまんまと引っ掛かってしまったわけだ。
「なら、私も意地です。貴方を捕まえます」
宣戦布告をするように黒い人のようなものに人差し指を向けてロレーナはハッキリとした口調で言った。人のようなものはしっかりロレーナの言葉を聴き終わった後で出現させていた丸い物体をロレーナ目掛けて放つ。ロレーナはそれをかわすことなく自分の歌で相殺した。
ロレーナの魔術と、人のようなものの魔術。それらがぶつかる度に小さな爆発が起こり黒い光を放った。こんな状況でなければ、幻想的で綺麗な光景だったかもしれない。ロレーナの歌も相まって、その場にいるものを全て虜にしてしまうような、そんな。
自分に襲い来る魔術をロレーナは自分の魔術で相殺させるが、人のようなものはそうはしない。わざわざ一つ一つを丁寧に避けていた。もしかしたらそこに奇妙な感覚を覚えるものもいたかもしれないが、ロレーナはそんなことを考えられるほどの余裕を持ち合わせていなかった。彼女は生まれて初めて自分一人で、自分の力で戦っているのだ。しかも、相手を逃がしてはいけない、捕まえなければならない。そんな使命感に囚われてしまっている。余裕などあるはずがなかった。
「ああ、もう、本当にバカなんですかッ!?」
スメールチのお陰でロレーナに追い付くことができたビアンコはその光景を見て一番最初にそう叫んだ。当人たちに聞こえるように、力の限り。しかし残念ながら当人たちは戦いに夢中でビアンコの声に気付かない。下手したら、スメールチとビアンコが来たことにすら気付いていないかもしれない。
「そんな戦い方をしていたら、直ぐに魔力なんて尽きてしまう……! 倒れる前にやめてください! 何をムキになっているんですかッ!!」
それでもビアンコは叫ぶ。戦いをやめるまで、何度でも。
一方、ビアンコをここまで連れてきたスメールチは、目の前で繰り広げられる魔術同士の戦いに唖然とするしかなかった。別に、魔術同士のぶつかり合いを初めて見たわけではない。むしろ、今まで回ってきた世界各地でこんなものばかり見ていたかもしれない。それでも、よく知った人物が繰り出す人の成せない技はスメールチにとって衝撃的なものだったのである。
戦う二人に近づくなんてことは到底できない。参戦し、ロレーナの援護をしようと考えていたスメールチだったが、目の前の光景にそれは甘い考えだったと思い知らされた。
「……ッ、スメールチさん! 何か麻酔銃とか無いんですか!? 無理矢理にでもロレーナさんの意識を奪って退散しましょう!」
「無理だね」
「何故!」
「撃ったところで弾かれることが目に見えてるからだよ。ヒヒヒ……この衝撃、僕たちが生身で食らったらどうなるんだろうねえ?」
そう言いながらスメールチは冷や汗をかいていた。ビアンコの言う通り、このままではロレーナの魔力が尽きてしまうのは目に見えていた。相手の魔力がどのくらいなのかは分からないが、ロレーナの魔術をわざわざ避けているのは魔力を節約して持久戦に持ち込むためなのかもしれない。そうだったとしたら、明らかに不利な状況だ。
「止められるもんなら止めたいけどね……」
どう考えても、人間のスメールチには出来そうになかった。同じ人間でも、ブランテなら出来そうな気もするが、もうこの世にいない人間の可能性を考えていても意味はない。お手上げだった。
「じゃあ、黙って見てろと……!?」
「そういうことになるね。ヒヒヒ、君も随分とロチェスさんになついたね。最初会った頃には想像できないくらい熱くなってる」
「言ってる場合ですか!?」
「じゃあ、今ここで僕と君になにができる?」
スメールチに鋭い視線を向けられてビアンコは口をつぐんだ。こうやって八つ当たりをするように叫ぶことしか出来ないと分かっていたからだ。
そんな二人の想いを汲み取ったのかどうかは分からないが、戦いは意外に早く終わろうとしていた。
どういうことなのかわからないが、ロレーナにはそれが人のようなものが動揺したように見えた。動揺は動きを鈍らせ、ロレーナの魔術をギリギリで回避させる。ロレーナはそこに畳み掛けるように放つ魔力の量を増やした。すると一つの魔術が人のようなものの右腕に当たった。
黒いものが弾けて消える。シャボン玉のような消え方だった。そうして人のようなものの右腕は消えてなくなった。
「――――!」
声もなにもないが、人のようなものが痛みに声をあげたように感じた。その様子を見て、いける。そう思ったロレーナは一気に決着をつけようとした。が、そこまでだった。
「……あ、れ……?」
最初に気付いたのは喉の痛み。上手く声を出すことができない。続いて視界。ぐにゃりと歪んで、ロレーナは平衡感覚も失う。
「 」
そのままロレーナはゆっくりと地面に倒れた。スメールチとビアンコが危惧していた魔力切れ。限界が来てしまったのだ。
そのままロレーナの意識は闇に飲まれて消えた。それ故、その後戦っていた黒い人のようなものが倒れたロレーナに何もせずに消えていったのをロレーナは知らない。




