11
「うそつき……」
閉店と同時にビアンコは力なく呟いた。ロレーナはそれに苦笑しつつ「お疲れさまでしたー」と言う。呑気なものだ。
ロレーナ曰く、昼時よりは大変じゃないおやつ時から夕方にかけては、初心者にとってかなりハードなものだった。確かに昼時よりは人の多さは少ないものの、おやつ時から夕方にかけては人の多さを一定量に保ちつつずっと続いたのだ。山のような宿題を一日で終わらせるか、それなりに多い宿題を毎日出されるかぐらいの違いでしかなかった。うそつきと言いたくもなるだろう。
「それじゃあー、一旦外に出ましょうかー? 看板をしまわなきゃいけないですしー、外の空気を吸いたいですよねー?」
「そうします……」
ビアンコは疲れた足取りでロレーナについていき、店の外に出た。冷たい空気が気持ちよく感じる。外に出て初めて、店内がかなり蒸し暑くなっていたことを知った。
看板を仕舞い、外の空気も吸ったことだし中に戻ろうとロレーナがいいかけたところで、二人は真っ黒いコウモリを見ることになる。それはロレーナ目掛けて飛んでいた。
「ロレーナさんッ!!」
ビアンコが叫ぶのとほぼ同時にロレーナは一音歌い魔法を発動していた。ロレーナの歌と光に真っ黒なコウモリは弾かれる。弾いた感触に、明らかに通常のものではない何かをロレーナは感じ取っていた。
「ロレーナさん、多分あれ、吸血コウモリです。だから」
逃げましょうとビアンコが言うよりも早く、ロレーナは歌を歌っていた。歌はコウモリに襲いかかるが、コウモリはそれを巧みにかわす。
「逃がしません!」
「待ってください! そうじゃなくて!」
その場から逃げ出そうとしたコウモリを追いつつ歌で攻撃をするロレーナをビアンコは止めようとするが、ロレーナは止まらなかった。
やがてロレーナは走るのをやめて、背から真っ白な翼を出し飛んでコウモリを追うことにする。ビアンコには到底追い付けそうになかった。
「バカ、なんじゃ、ないですか……!?」
体力が尽き、走るのが辛くなったところでビアンコは走るのをやめて歩きながら言う。荒い息は中々整わず、突然走ったことにより脇腹が痛む。ロレーナの背中はもう見えなくなってしまっていた。どこまで行ってしまったのだろうか。
「やあ、ビアンコさん。そんなに興奮しちゃってどうしたのさ」
「別に……、興奮、してるわけじゃ」
そこで息が苦しくなったため、大きく息を吸い込む。
「ただ、ロレーナさんが」
「ロチェスさんが?」
スメールチは目を細めた。それからビアンコの足が向かう方向を睨み付ける。その方角から微かに歌声が聞こえてくるのをスメールチは逃さなかった。
「あっちから歌が聞こえてくるね。何? ロチェスさんは戦ってるっていうのかい?」
「黒い、コウモリを追って……」
「そう。なんでもいいけどとりあえずロチェスさんを止めにいこうか」
そう言ってスメールチは走り出せるよう準備を始めた。また走るのか、とビアンコは一瞬うんざりしたような顔をする。スメールチはビアンコの顔がそうなる瞬間を丁度見てしまい、少し悩んでからビアンコの身体をひょいと持ち上げた。
「なッ……はぁ!?」
すっとんきょうな声をあげるビアンコ。スメールチは口だけでヒヒヒと笑った。
「急ぐよ。ちゃんと掴まっててよね。落ちても僕は責任をとらないよ」
「ちょっと、待っ――」
聞く耳持たずと言わんばかりにスメールチは走り出した。その速度はビアンコが走るよりもずっと速い。スメールチは性別の判断がつかないような外見をしているが、それでも中身は列記とした男なのだ。しかも、ガトリング等の銃器を振り回したりしながら走ることができる。ビアンコはそれを思い知らされたのだった。




