03
数分後、店のドアが外側から開けられた。
「らっしゃい」
ニヤリと笑ってロドルフォが対応する。入ってきたのはジェラルド・チェルヴィとその妻だった。
「ヒヒヒ、二人が結婚したなんて聞いたときは吃驚したよ。二年ぶりくらいかな? 久しぶりだね、ポニーさん」
あのときは容赦なく斬ってくれてありがとう。とでも言いたげな顔で(無表情だが)スメールチはジェラルドの隣にいる女性に話し掛けた。スメールチの言い方に、女性は隠そうともせず露骨に嫌そうな顔をし、「だからポニーさんって誰なのよ」と言った。ちなみに彼女は動物のポニーではないし、ポニーと特別関わりがあるような人物でもないし、ポニーテールでもない。
「……あのときは悪かったわ」暫くしてから彼女はばつが悪そうな顔をして言った。「でもあれは仕事だったのよ」
「そんなこと知っているよ。趣味で人を切り刻む人間がこんなところでのうのうと生きられるわけがないじゃないか」
スメールチは常に無表情であるため、感情が読み取れない。果たして彼は彼女を恨んでいるのだろうか。声はどこか楽しそうなのだが。
「ん、んー? メルチーさんはルーナさんと知り合いなの?」
「ナディアちゃんはぁ、知りませんでしたっけぇ? ルーナさんはぁ、二年前騎士だったんですよー」
スメールチとルーナと呼ばれた女性とのやり取りを聞いて不思議そうな顔をするナディアにロレーナが説明を始めた。
ルーナ・チェルヴィがルーナ・コスタだった頃。彼女は騎士として活躍していた。王家直属の騎士団に所属し、『斬り兎』なんて通り名がつくほどの剣の腕前を持っていた。それは、そんじょそこらの騎士など相手にならないほどの強さだった。
そんな彼女がどうしてジェラルドと知り合ったのかといえば、それは二年前に彼女が騎士としてここに訪れていたからだった。
二年前の彼女はネロやクリム、スメールチなどと敵対する立場にあった。どちらかといえば、ネロたちが反逆したという方が正しいのだが、細かいことは置いておく。
ルーナは、スメールチと一戦交えたことがあるのだ。一戦交えたというと少し違うかもしれない。正確にいえば、スメールチが数人の騎士たちを眠らせて片付け、上から狙撃してくる弓兵をどう片付けようかと考えているところへ、ほぼ不意打ちの形で得物の双剣を使い斬ったということだ。ちなみに当時の彼女はポニーテールだった。
ルーナは散々攻撃をくらい、とどめとばかりにルーナに斬られたスメールチの息の根を止めようとした。その降り下ろされようとしていたルーナの腕を掴んで阻止した上に手刀でルーナを気絶させたのがジェラルドだった。当時を知るものからすれば、そこからどうやって結婚に発展したのか、不思議ならない。
「あたしはルーナさんがジェラルド君に熱烈アプローチをしたって聞いたけど」
「私もぉ、そう聞いてますねー。本当はぁ、どうなんですかー?」
「その情報で正しいわよ」
興味津々な様子のナディアとロレーナに、ルーナは恥ずかしがるような素振りも見せず、むしろ堂々と答えた。
「私、強い人が好きなの。あのとき一般人に気絶させられて悔しくてリベンジしたかったっていうのもあるけどね」
ルーナはそう言ってジェラルドの腕に抱きついた。ジェラルドが微妙に嫌そうな顔をしたが、ルーナはそれを気にしない。
「リベンジしにここに来たときは吃驚したわ。この人、真面目に大工さんやってるんだもの。勝負を挑んだら角材で追い払われて……あんな扱いは初めてだったわ」
「あんなアプローチするやつもいねェよ」
楽しそうに笑うルーナに冷静に突っ込むジェラルド。こんなジェラルドを見たことがなかったロレーナとナディアは思わず笑ってしまった。
「ま、突っ立ってねえで座れって。それにしても、カップルとか、夫婦とかってのは面白いもんだな。個性が豊かすぎる」
ジェラルドとルーナに手招きをしつつ、ロドルフォはくくくと笑った。それから、視線を右へやる。そこには一組のカップルが座っていた。
「お前らがどう転んだところで、ああはならなさそうなところが面白い」
ロドルフォの視線の先にいるカップルはそんなことを言われているのも知らずに仲睦まじく会話などを楽しんでいた。時折、彼女の方が彼氏にバーニャカウダを食べさせようとしていたり、彼氏の方が彼女の耳元で何かを囁いていたりする。
「……め、メリーさんの破廉恥!」
彼女が顔を真っ赤にしてそう叫んでいた。なんだか見ていて初々しい反応だ。
「ルーナさんじゃあんな反応は見れなさそうだもんねー」
「ちょっと、どういう意味よ」
「ポニーさんが『ジェラルドの破廉恥!』なんて叫ぶところ、想像もできないね。本当に……ヒヒヒ」
「想像して笑ってるじゃないの! 無表情だけど!」
ルーナがトリパエーゼに来てからあまり長い時間は経っていないのだが、随分と馴染んでいるようだった。ロドルフォはそこに少し安堵する。
「そういえばぁ、今までジェラルド君に彼女がいたなんて話、聞いたことないんですけどぉ……いなかったんですかー?」
「ああ。コイツ遊んでる癖に彼女いねえんだよ」
「そうなのよ。私も聞いたとき吃驚したわ」
「なんでテメェらが答えてンだァ?」
ロレーナの質問に勝手に答えるロドルフォとルーナに呆れ顔でジェラルドは突っ込む。しかし二人はそれを無視して続けるのだった。
「彼女いないってか、作らなかったってのが正しいんだけどな……くくく、理由が面白いんだぜ、こいつ」
「女からしてみれば、面白いで片付けられちゃたまったもんじゃないわよ」
「? どういう、ことですかぁ?」
首をかしげるロレーナに、ルーナは一つ大きなため息をついた。それから口を開く。
「浮気の心配がないって言えばいいのかもしれないけど……この人、一途すぎるのよ。ねえ、ジェラルド。今まで出会ったなかで一番好きな女は誰?」
唐突なルーナの質問に、ジェラルドは「ハァ?」と一瞬意味の分からなさそうな顔をする。が、すぐに答えを返した。
「ンなもん、後にも先にもラヴィーナだけだって言ってンだろォが」
ラヴィーナ。
その名前を聞いた瞬間、ロレーナとナディアの笑顔が固まった。ロドルフォは苦笑を浮かべ、ルーナは呆れ顔だ。スメールチだけが分かっておらず首をかしげる。
ラヴィーナ。本名ラヴィーナ・チェルヴィは、ジェラルドの妹だ。義理の妹だとか、妹分だとかそういうことではない。正真正銘の、血の繋がった本物の妹だ。
そう。ジェラルドは、かなり重度なシスコンだったのだ。
一部登場人物を、梅さん著『幸せの定義』よりお借りしています。勿論許可はいただいております。梅さんありがとうございました。