07
翌日。五人はネロの家に向かっていた。相変わらずリヴェラは不貞腐れたような顔をし、会話に参加しようとしなかった。
「……おじさん大丈夫かな」
ポツリとスメールチは呟いた。あれからロドルフォもアドルフォも見ていない。昨日の様子からすると、しばらくは立ち直れないかもしれない。スメールチはそんなことを思った。
「……ロドルフォさんは、騎士をやめたんですよね。昨日の感じからすると、二十年前の事件とかが原因、みたいですけど……」
ビアンコが遠慮がちに言った。リヴェラの表情を伺いながら続きを言うか悩み、結局そこで言葉を切った。しかし何を言おうとしたのかはリヴェラに伝わったらしく、「分かってるよ」と仏頂面でややキレ気味に言うのだった。
「……随分と、離れたところに住んでるんだね。もう山の入り口じゃん」
ネロの家についてリヴェラが放った第一声はそれだった。確かに、バーをやっている割には中心部から離れてしまっている。登山口が近くに見えるほどの場所で、客はあまり呼び込めないような印象だった。
「でも、お客さんは結構いっぱい居たんだよ。二年前からずっとやってないんだけど、みんな営業再開してほしいって言ってるぐらいだし」
そう言ってナディアはドアをノックした。同時に「ネロくーん?」とよく通る声で呼び掛ける。しかし家の中から反応はなかった。
「……あれ? おかしいね。いつもは呼んだら反応してくれるのに」
「いつも夕方に来てますからねー……もしかしたらぁ、まだこの時間は寝てるのかもしれませんー。店をやってるせいでぇ、ネロ君の生活は日夜逆転してましたからー」
「そんなもんなのかな……ところで、リヴェラ君はどこ」
三人はいつの間にかリヴェラが居なくなっていることに気が付いた。さっきまで隣にいたのに、この一瞬でどこに行ってしまったのだろうか。
「……あの、リヴェラさんならあちら側に回り込みましたよ」
リヴェラを探そうとし始めた三人に、ビアンコがどこか緊張した面持ちで答えた。「あ、戻ってきました」
三人の視界にも不服そうな顔をしたリヴェラがうつる。スメールチが「どこ行ってたのさ」と問うが、リヴェラはその横を無言で通りすぎてドアの前に立った。そして、「ちょっと退いててね」と後ろの四人に言うと、右足を思い切り振った。
リヴェラの繰り出した蹴りは二発だった。一撃目の回すような蹴りでドアノブを破壊すると、その勢いを殺さず、むしろ加速させた突き出すような二発目の蹴りでドア自体をぶっ壊した。
派手な音をたてながら派手に木片などを撒き散らして蹴られたドア(だったもの)は家の中へ倒れていく。四人はその突然すぎる行動に唖然とした。
「ちょ――ちょっと! 自分が何をしたのか分かってるんですか!? 他人の家ですよ!?」
「うん。だから窓じゃなくてドアにしてみた。ガラスが散らばるよりはいいかなって」
「そういう問題じゃないし、ドアだって木片が散らばってるじゃないですか! 直すのだってタダじゃないんですよ!?」
「本人に会ったら謝っておくよ。――会えたら、の話だけど」
一番最初に我にかえったビアンコの言葉に飄々と返すリヴェラ。悪いとは欠片も思っていないようだ。
ドアが無くなり開放的になった家の中へリヴェラはずかずかと上がり込んでいく。スメールチやビアンコが止めようと手を伸ばしたが、リヴェラはその手を軽く払ってしまう。
「――やっぱり」
家の中でも割と手前の地点でしゃがむと、床をまじまじと見てリヴェラはため息をついた。
「やっぱりってぇ……どうしたんですかー?」
「これ見てよ」
リヴェラはそう言って床をひとなでした指を見せた。ついでにその床も指差す。
「いくら休業中でこまめに掃除してないからってさ、ここまで埃が積もるものかな? しかもよく見てみれば、今ついた俺の足跡ぐらいしか見当たらないんだけど。こんなに埃まみれだっていうのにさ」
リヴェラの言うとおり、床には拭き跡がしっかり残るぐらい埃が積もっているのがわかった。リヴェラが今入っていった足跡しかなく、リヴェラがいるところより奥にはなんの跡もない。埃が雪のように積もってそのままだった。
「俺はこういうの詳しくないから分かんないけどさ、一週間は余裕で居ないんじゃない? 少なくとも、この部屋は使ってないね」
「……そんな、嘘です」
ロレーナは呆然とした様子で呟いた。一週間もこの部屋を使っていないのだったら、この前ドア越しに話をしたネロはなんだったというのだろうか。
「……ちょっと、僕は奥を見てくるよ」
そう言ってスメールチが家の奥に入っていく。ロレーナたちがまだ見える位置で立ち止まると、スメールチは呆然とした表情を見せた。
スメールチの視界に広がったのは荒れた部屋。布団も服も本も、部屋に綺麗に片付けられていたとスメールチの脳が記憶していたものが荒れに荒れ、まるで嵐が去った後のようになっていた。それは誰かが暴れたような形跡に見える。
「……お兄さん?」
呼び掛けてみるも、帰ってくる言葉はない。嫌な予感がした。
「ネロって人、失踪してるってのは確かみたいだね」
スメールチの背中にはっきりと言ったのはリヴェラだった。




