06
リヴェラの言葉に場の空気は一瞬固まった。しかしそんなことではリヴェラの想いは止まらず、逆に加速していき本心をさらけ出す。
「ロレーナさんには悪いけど、俺は、魔物とか魔術とか心底憎んでる。二年前からフィネティアとシャンテシャルムが馴れ合いを始めたけど、ふざけるなって話。戦争があのままつづいて、シャンテシャルムなんか滅べばよかったって思ってるよ」
「……なんで、そんなに」
理由を訊ねたのはそれまでずっと黙っていたビアンコだった。他は黙っている。(元も含む)騎士の三人はその理由の想像がなんとなくついていた。
「俺の両親が殺されたからだよ。魔術のせいで、化け物になって、俺の目の前で死んでった! 分かってたんだろうね、ちゃんと俺を養子に出す準備までしちゃってさ……! 自分たちが化け物になった瞬間、自殺したんだよ。俺が見てるなんてこと気付かないでね! だから俺は魔術も魔物も許さない。こんな経験したの俺だけじゃないって分かってるよ。この国のいろんなところで、魔術のせいで人間が化け物になって死んでったって話は有名だからね! 人間を殺した魔術を憎まないって方がどうかしてると思うよ!」
「……違う」
リヴェラの言葉を最後まで聴いて否定の言葉を吐いたのはロドルフォだった。台に手を付き、俯いて苦しそうに息を吐きながら、心拍数が上がっていくのを感じながらロドルフォは続けた。
「……人殺しは俺たちだ……! 俺たちが、ずっと殺して回ってたんだ!」
「もういい、ロドルフォ。お前はもう今日は休め。客は俺たちしかいねえんだ。休んで、落ち着け」
そのとき、ロドルフォの目から透明な滴が落ちたことに何人が気付いただろうか。アドルフォは気付いたうちの一人だった。そして、これ以上はロドルフォが壊れてしまうと判断し、無理矢理ロドルフォを店の奥、居住スペースにつれていった。
双子の背中が奥へ消えてから、リヴェラは「意味がわかんないよ」と吐き捨てるように言った。気分は最悪だった。
「……分かったでしょ。偏見だって言うかもしれないけど、俺はずっと魔術を憎み続けてる。ロドルフォがああ言ってたけど、そもそもは全部魔術のせいなんだから。どうせ、ネロって人もろくな人じゃないよ。人を襲うような奴なんだからね」
「だから、それは違うって!」
「だからそう言うんだったら俺を納得させるような証拠を持ってきてよ! ロレーナさんたちが並べる理由は全部仲がよかったのが根拠だ! 仲良しごっこもいい加減にしてよね!」
感情のまま叫ぶリヴェラは年相応の子どもだった。それ故に厄介で、ロレーナたちの言葉を聞く気が無いように思えた。もう、リヴェラの中ではネロが犯人として固まってしまったのだろう。
そんな中、パンッと乾いた音が響いた。それからやや遅れてリヴェラがよろける。左の頬が赤くなっていた。じんじんとする痛みが左の頬に広がる。
痛む左頬をおさえつつ、視線をよろける前にあったところまで持ってくると、そこにはナディアがいた。ゾッとするような冷たい目でリヴェラを見下ろしている。リヴェラにはビンタをされた意味も、こうやって冷たい目で見下ろされる意味も分からなかった。
「あたしもね、二年前、偏見と嫉妬だけでそうやって喚き散らしたことがあるよ。あたしは、本人がいるってわかっててわざと言った。すごく、酷いことを言ったよ……記憶があんまりないから、多分なんだけどね。全部、聞いた話になっちゃうけど」
淡々とした口調でナディアは話始めた。誰の反応も待たず、口を挟むのは許さないといった雰囲気で続ける。
「そうしたらね、ネロ君が思い切りあたしを叩いたんだ。吃驚して、わけわかんなくて、そのまんま。記憶がなくなってもね、ずっと苦しいのは残ってるの。ずっと謝りたいって、そう思ってる。今になって、感情だけで動くのは後々苦しくなるってわかったよ」
「…………」
「あのときネロ君があたしを叩いてくれてなかったらどうなってたんだろうって最近考えるようになったの。……多分、誰も止めてくれなかったらあたしはもっと酷いことを言ってたんだろうね。今よりもずっと苦しい思いをすることになったんだと思う。そう考えたら、あのときネロ君があたしを叩いてくれたことに感謝できる気がしたよ。
リヴェラ君も、多分同じだと思う。あたしは魔物とか、魔術になにをされたってわけじゃないから、リヴェラ君の気持ちはわからないけど……。でも、今こうやって感情だけで動いてたら、後々後悔するってことは、分かるよ。だからあたしは、あのときのネロ君みたいな役目をしようと思ったの。叩いて、ごめんなさい。でも、何かを失う前に冷静になって、考えてみてほしかった」
リヴェラは相変わらず不貞腐れたような顔をしていた。しかし、これ以上騒ぐつもりはないようだった。ナディアの話を聞いて、ネロ・アフィニティーがどんな人間なのか、少しだけ分かったのかもしれない。
「話がまとまったところで提案なんだけど」
場に沈黙が流れ出すと、スメールチが口を開いた。「お兄さんも言われっぱなしじゃ癪だろうし、実際会ってみたらどうかな?」
「でも、ネロ君は……」スメールチの案にロレーナは困ったように言う。会おうにもネロは姿を見せないのだ。そんな都合よく出てきてくれるとは思えない。
「自分から出てこないならこっちから引っ張り出せばいいんだよ。もう、二年も引きこもったんだからね」
そう言ってスメールチは口だけでヒヒヒと笑った。ネロの精神状態を考えると、あまりいい手段とは言えないが、リヴェラにネロがどんな人間か分からせ、犯人候補から外させるにはこれしかなさそうだった。
「会いに行けるなら、俺はいくよ。ヴァンパイアがどんなもんなのか気になるしね」
「それじゃ、決まりだね」
お兄さんに胃袋をつかまれたらベストなんだけどね、とスメールチはリヴェラに聞こえないように付け加えた。それを聞いたロレーナは苦笑しつつも無言で同意したのだった。




